伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

Starbucks Coffee にある2つの「原点」。第二の創業者ハワードはブルックリンの貧しい労働者階級に生まれた。12歳から新聞配達、軽食堂でアルバイト。母親から言われ続けた「目標」への挑戦。スポーツばかりに夢中になった少年・青年期。貧しさの自覚のとき

スターバックスコーヒー—豆と、人と、心と。 (THE BRANDING)
スターバックスコーヒー—豆と、人と、心と。 (THE BRANDING)

スターバックス・ブランドの発展とともに、<サードプレイス>の概念はいっそう定着していった。店内に流れる音楽や座席、周囲のざわめきで、顧客は自分一人でいるときでさえ、社交の場所にいるような気分を味わうことができる。1990年代の始めにスターバックスのビジネスを支援していた広告代理店は、人々は『社交的な雰囲気』を求めてスターバックスに行くのだと結論つけている。しかも、スターバックスにいる顧客の大半が、実際に店内で他の人と会話をしたり、また周りの人との交流を持つようなことがないにもかかわらずだ。
 また、店内に入って注文し、テイクアウトする、あるいは席に座るという行為には、社交的でなければならないというプレッシャーがない。実際、このプレッシャーのなさが<サードプレイス>の特徴であり、だからこそ、人々にとって心安らぐ憩いの場になるのだ」(『スターバックス・コーヒーー豆と、人と、心と』(ジョン・シモンズ著 SOFT BANK Publishing 2004年 p.117)

伝記を読むとなると小説やビジネス書と違って多少とも身構えてしまうこともあるかも知れませんが、実際には必ずしも「伝記バイオグラフィー」とタイトルに記されない書籍も次々に出版されています。上掲した『スターバックス・コーヒーー豆と、人と、心と』はその典型で、ソフトバンク・パブリッシングかた「The Branding」シリーズの第一号として刊行されたものです。オリジナルも「Great Brand Stories Series」と銘打たれ「My Sister's a Barista」というタイトル。表紙には「Biography」や対象の人物の名前も印刷されていません。「The Branding」というシリーズ名から分かるように、本書は従来のような伝記本ではありませんが、スターバックス・コーヒーを世界的に「ブランディング」させたハワード・シュルツという人物をなかなかに深堀りしています。その理由は、スターバックスの「The Branding」と不即不離、表裏一体の人物であり、ハワード・シュルツ人間性やアイデア、挑戦や行動力こそがスターバックスの今日を生み出したからであります。
冒頭に<サードプレイス>の概念を紹介しましたが、本書などはある意味「ビジネス書」と「伝記」の間の第三の地点にあるような書籍かもしれません。そして直感的にも、マーケット的にもこうした場所を占める書籍が今後多くなってくるのではないかと思います(また「伝記」や「自伝」のみならず、「人物評伝」というネーミングもすでにどこか重過ぎる)。すでに本ブログでも取りあげたファースト・リテイリングの柳井正について著した『柳井正 未来の歩き方』(大塚秀樹著 講談社やほぼ日ブックスの『個人的なユニクロ主義』柳井正×糸井重里インタビュー)などはすでにそうした領域にある本といってもいいでしょう。スターバックスには他に『スターバックス 成功物語』ハワード・シュルツ+ドリー・ヤング著 日経BP社)がありますが、これも原題は「Pour Your Heart into It」で、ハワード・シュルツ自身について伝記本並に幼少期のことから詳細に著されていながらバイオグラフィーの文字は何処にも見当たりません。タイトルに見事にあらわされているように、まさに<サードプレイス>的な本になっています。
スターバックス成功物語


そしてなんとも興味深いことに、スターバックス・コーヒーそのものも、今や創成期の場を超え、ハワード・シュルツが参加し、そして別れ彼自身の方向へ出発した地点をも超え、再びスターバックスを含み込んで第三の<サードプレイス>の場所へと出たときに、スターバックス・コーヒーは未来を孕むようになるのですスターバックスには2つの「原点」があるといわれる。それは「原点(創始者)」と「発展期(中興の祖)」でなく、「原点(創始者)」と、もう一つ別の「原点」がそれに誘発され、どちらかの「原点」をも消滅させることなく新たな化学反応をおこしたといった感じだ)。
それではそのもう一つの「原点」となったハワード・シュルツについて前出の2冊の本を参照しつつみていきます(最初の「原点」にあたる3人の創始者たちについては後に触れます)。まず活動的な彼にしても、大学卒業後、将来のイメージがわかず、やりたいことも見つけられずに当初はアルバイトをしはじめています(大学はシカゴ近郊にあるノーザンミシガン大学フットボール奨学生として入学していた)。ニューヨークや実家のあるブルックリンに戻る気はなかったスポーツ青年だったハワードが卒業後にやっていたのは、大学のあるミシガン州でスキーロッジでのアルバイトでした。職業選択を指導する教授もいなければ相談相手もいず、自身もやりたいことが何も思い浮かばなかった、というのです。その姿は日本の若者とそれ違うわけではありません。
ハワードは「生まれながらのスポーツマン」だったというほどスポーツが得意だったといいます。子供の頃には、フットボールだけでなく野球にバスケにとたちまち夢中になり、近所に住むいろんな人種の子供たちを呼び集めてはチームを編成していました(地元のドジャースロサンジェルスに拠点を移したためヤンキースの熱狂的ファンに。ミッキー・マントルの大ファン)。とにかく興味をそそられるとすぐに「夢中」になる性質でした。もっともこの年頃ですからコーヒーに「夢中」になることはありません(母が飲んでいたコーヒーは缶入り挽き売りコーヒーでそれを古いパーコレーターで沸かしていたが、当時のアメリカではどの家庭も似たりよったり。市場には大手食品メーカーが利益率を上げるための薄い「アメリカン・コーヒー」しかなかった)

スターバックス再生物語 つながりを育む経営
スターバックス再生物語 つながりを育む経営

中学生になったハワードは、ある事に気づかされます。それは自分の家の貧しさでした。夏休みに催された宿泊キャンプは、貧しい家庭の子供たちを対象とする企画だったのです。それまでハワードは自分の家の貧しさをほとんど自覚していなかったのです(家の周りは皆同じ様な暮らしだった)。その時ハワードはキャンプには今後絶対参加しないと誓っています。
ハワード・シュルツ(1953年生まれ)が生まれ育ったのは、ニューヨーク東部のブルックリン・ジャマイカです。貧しい労働者階級用に建設された共同住宅「ベイビュー・プロジェクト」(8階建てレンガ造りの共同住宅が12棟)がそれでした。シュルツ家は2世代にわたってブルックリンの労働者階級で、祖父が早く亡くなったため父は学校を辞め働きだしています第二次世界大戦時、陸軍衛生兵となった父はサイパン島など南太平洋へ行きマラリアに罹る。帰還後は職を転々とし自身にふさわしい職場をみつけられなかった。週末暇さえあれば子供たちの仲間にも加わって楽しむ父だったという)
どちらかといえばハワードの強い意志と活動的な性質は母イレインから受け継いだようです。会社の受け付けで働いていた母は3人の子供が生まれてからは育児に専念しますが、意志が強いアクティブな女性だったといいます。高校を卒業できなかった母の夢は、子供たちに大学教育を受けさせることでしたが、子供たちに伝えつづけたある重要なことがありました。母は子供たちを前に、何かに成功した人物の例を幾つもあげ、どんな目標でも思いつづければ達成できると、伝えつづけたといいます。それは「自ら求めて困難に挑戦すること」でもありました。「そのおかげで苦境を克服する術を学ぶことができた」と後にハワードは語っています。
12歳になるとハワードは新聞配達をし軽食堂で働き、16歳からは授業を終えるとマンハッタンの毛皮加工工場で働いています。長男だったこともあり家計を助けるためでした。この頃には、ブルックリン・ジャマイカの「ベイビュー・プロジェクト」に住んでいることに恥ずかしさを覚えるようになっていました(高校のフットボールチームのクオーターバックになったが選手としてのジャケットを購入するお金がなく友人から借金している)。付き合いだした女性の父の一言や空気から分かったのです。そんなハワードは得意だったスポーツに熱中していきます。スポーツはある意味逃げ場でもありました。将来のことがまったくみえず、見当もつかなかったのです。高校生の頃でも、「自分が事業家になるなどとは夢にもおもわなかった」と語っています。
ちなみにユニクロの柳井氏やソフトバンクの孫氏の場合、将来の自分自身はまだまったくみえなかった状況はまったく同じでしたが、両氏とも父の事業を少なからず肌で感じとっています。が、ハワードが知っている事業家といえば、ブロンクスで小さな製紙工場を経営する叔父だけでした(父はそこで工場長をしていたこともある)。そんなハワードがいったいどのように、どんなきっかけでスターバックス・コーヒーを率いるようになっていったのでしょう。ハワードがスターバックスと出会ったのは28歳の時ですので、まだ10年余り先のことです。
▶(2)に続く
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STARBUCKS ART MAGAZINE & BEVERAGE CARD 04 (スターバックス アートマガジン&ビヴァレッジカード 04)
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