伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

世界の伝記の発行部数を塗り替えた『Steve Jobs : The Exclusive Biography』で初めて公にされたこと。自分は文系だと思っていた少年が、エレクトロニクスに目覚める。ジョブズの”現実歪曲フィールド”出現の背景。「access to tools」をうたった『Whole Earth Catalog』やインドへの旅、禅の大きな影響。”ギーク(技術オタク)”と”ヒッピー”の交叉点


*映像に出て来る極めて重要なSteve Jobsの言葉。「先を見て『点を繋げる』」ことはできない。できるのは過去を振り返って『点を繋げる』ことだけである」 ー 先が見えないのはS.ジョブズも同じだった。ではジョブズはどうしたのか? 過去を振り返って「体験という点を繋げた」のだ。自分自身に”根ざした”ものしか、人は充実と満足を得られない生き物。つまりは「体験」やかつて獲た「智慧」や「知識」の点を繋げる、これこそS.ジョブズの秘中の策であり、同時に自己探求の道。自身の「未来」は、じつは「過去」にあった、のです! これこそ「伝記ステーション」を発進、発信した理由でもあります。
スティーブ・ジョブズ I



世界に駆け巡った、2011年10月5日のスティーブ・ジョブズの訃報。偶然にも、必然的にも、その直後に出版され、これまでの世界の伝記本の売上げ記録を塗り替えることになった『Steve Jobs : The Exclusive Biography』ウォルター・アイザックソン著 井口耕二訳 講談社を手にとられ、また購入された方も多くおられるでしょう。
本書は第二世代i-Phone(3G)が発売され、ジョブズ氏が痩せ細った姿でプレゼンテーションをおこない、健康問題が完全に公になる前後から、2年間にわたり40回以上にもわたるインタビューをもとになされたものです(インタビュアーは、世界的ベストセラーとなった『アインシュタインーHis Life and Universe』(2007)や『ベンジャミン・フランクリンーAn American Life』(2003)、『キッシンジャーーA Biography』(1992)の伝記作家であり、ジャーナリストであるウォルター・アイザックソン(2001年、米国「TIME」誌編集長、CNNのCEOを経て、2003年からアスペン研究所理事長)。『アインシュタイン』や『キッシンジャー』を読んでもわかるように、ウォルター・アイザックソンは、「幼少時」「少年期」のこと、またその環境(家庭環境だけでなく、生まれ育った土地の環境ー文化的、人種的、経済的、そして歴史的環境)を極めて重要視する伝記作家です。それは彼が大学時代ハーバード大歴史と文学を専攻し、ロンドンの「The Sunday Times」のジャーナリストだったことが、対象の人物が直面した困難や変転し結実していく人生のみならず、その人物の「創造性」と「パーソナリティー」の源泉、人物の”根っ子”にくい込んでいかせる一因になったにちがいありません。

Steve Jobs : The Exclusive Biography』はすべての年代のひと、またコンピュータやエレクトロニクス関係の学校や職業に就いていようが関係なく、刺激的で興味つきない一人の最重要人物の「体験のカタログ」にもなっています。ジョブズは2005年スタンフォード大卒業式に招かれた際に、「access to tools」というコンセプトで編集された『Whole Earth Catalog』最終号から、「Stay hungry, stay foolish」という言葉を引用しスピーチを締めくくったことはよく知られています。その意味からも本伝記は、”生の声と体験が満載された”「Whole Jobs Catalogーaccess to Job's experiences」といえるかもしれません。
Millennium Whole Earth Catalog: Access to Tools and Ideas for the Twenty-First Century
Millennium Whole Earth Catalog: Access to Tools and Ideas for the Twenty-First Century

span class="deco" style="font-weight:bold;font-size:medium;">通常、自伝(自叙伝)の場合、当の本人が隠しておきたい触れられたくないものはあえて記さないことも多々ありますが、本書はディープなインタビュー(パロアルトのジョブズの家の居間だけでなく、一緒に散歩しながら、電話で、車中でも)をベースに、100人以上もの友人、仲間、親族、競争相手からその話の裏を取ったり、「同じ事実が見る人によって違って見える『羅生門効果』」を取り入れて、ジョブズの”現実歪曲フィールド”(アップルの仲間がジョブズの強烈なパーソナリティを表現した言葉)にトラップされないようにしています(著者アイザックソンは、自著の伝記『キッシンジャー』が、同じく強烈なパーソナリティをもつジョブズの伝記を著すにあたっての”準備体操”的効果をもたらしたと語っている)。たとえば次のジョブズの考えは、これまでの伝記本にはでてきません。

「僕は子どものころ、自分は文系だと思っていたのに、エレクトロニクスが好きになってしまった。その後、『文系と理系の交差点に立てる人にこそ大きな価値がある』と、僕のヒーローのひとり、ポラロイド社のエドウィン・ランドが語ったのを読んで、そういう人間になろうと思ったんだ」(『スティーブ・ジョブズ: The Exclusive Biography』講談社 p.4)

これはまだ本文がはじまらない冒頭の「はじめにー本書が生まれた経緯」に記されたジョブズの言葉です。本書のためになされるインタビューが正式に始まる前にジョブズが語った言葉が、『アインシュタイン』や『ベンジャミン・フランクリン』などの優れた伝記を著した伝記作家アイザックソンを駆り立てていきます。人文科学と自然科学の両方の感覚、それはアインシュタインベンジャミン・フランクリンが兼ね備えていたもので、超一級の「創造性」は、それらが強烈なパーソナリティによって導かれるものではないかと。『スティーブ・ジョブズ: The Exclusive Biography』は、ジョブズから伝記作家アイザックソンへのアプローチにはじまったものでした。しかし当初ジョブズの効果的な”プレゼンテーション”は、空振りに終わっています(2人の関係は、アイザックソンが就いていたタイム誌やCNNに、ジョブズがアップルの新製品の情報を売り込んでいた頃からはじまっていた。ジョブズからの最初の伝記執筆の依頼は、後にインタビューがはじまる5年前、アイザックソンが『アインシュタインの伝記』を書きはじめる頃にきていて、10年後か20年後ならば書いてもいいがと、あっさりと断っている。2009年、ジョブズの2回目の病気療養中、ジョブズの妻ローリーン・パウエルから「いつか書くなら、いまやるべきよ」と連絡があったことも明かされている)
スティーブ・ジョブズ 神の遺言 (経済界新書)

「21世紀という時代に価値を生み出す最良の方法は、『創造性』と『技術』をつなぐことであり、想像力の飛躍にすばらしいエンジニアリングを結びつけるカンパニーがアップルだ」。そうアイザックソンは受け取り、「21世紀の革新的経済を生み出す鍵の在処へのヒントがあるのではないか」とアイザックソンの理解は深まると同時に、スティーブ・ジョブズという人間の複雑さもまた見えてきます。
反物質主義のヒッピーでありながら、友人が無償で配布しようとした発明で金儲けをする。インドまで行くほど禅に傾倒していながら、事業家を天職だとする。一見矛盾しているようだが、不思議なことに、それらは複雑に絡みあって一体となっている。物質的なものも大好きである。とくに、ポルシェやメルセデスの車、ヘンケルのナイフ、ブラウンの家電、BMWのバイク、アンセル・アダムスの写真、ベーゼンドルファーのピアノ、バング&オルセンのオーディオ機器など、緻密にデザインされ、構築された製品が大好きである。しかし同時に、自宅は、いくら大金持ちになっても派手に走ることがなく、室内もごく簡素で、質素を旨とするシェーカー教徒さえ驚くのではないかと思われるほどだ」(『スティーブ・ジョブズ: The Exclusive Biography』講談社 p.175〜176)

スティーブ・ジョブズ II

アイザックソンは、そんなジョブズがどのように、”シンク・ディファレント”を連打し、ハイレベルなクリエイティビティのなか<持続的イノベーション>を可能にしたのか、ジョブズという人間のなかに潜り込んでいきます。パーソナル・コンピュータとアニメーション映画、音楽、電話、タブレットコンピュータ、デジタル・パブリッシングの6つの業界での「革命」をなした、完璧を求める情熱と猛烈な実行力、その”根城”、根源はどこにあるのかと。
なぜ、アップル製品は「個性と情熱と製品の全体がひとつのシステムであるかのように絡み合っている」ように感じるのか、またなぜ「ハードウェアとソフトウェアも切り離しがたく絡み合っている」のか。その理由は、すべてがスティーブ・ジョブズからやってきます。アイザックソンはデジタルエイジの偶像(アイコン)ジョブズの人生のすべてを聴きとるべく臨戦態勢にはいっていきます。

アップルプロダクツは、「ギークの世界(技術オタク)」と「ヒッピーの世界カウンターカルチャー」が、分ち難く織り重なった時にはじめて誕生した。”両界曼荼羅”の如く、これこそがジョブズの裡なる世界に”発現”していたものでした(このことは単なる「アイデア」とか「コンセプト」「テーマ」といったものが、その人間に”根ざして”いないものならば、その時その場その目的だけにちゃっかり有用なものものであるだけのものであることを告げる)
そして1960年代末から1970年代初頭のシリコンバレーとサンフランシスコ。この場所でなくしては、その”両界”は融合されることなく、ジョブズという人間もアップル・コンピュータも誕生しなかった、というのは間違いないようです。

パソコン創世「第3の神話」—カウンターカルチャーが育んだ夢
パソコン創世「第3の神話」—カウンターカルチャーが育んだ夢

「当初、技術系の人間とヒッピーは仲が良くなかった。カウンターカルチャー側はコンピュータをオーウェル的で不吉である、ペンタゴンや体制側に属するものだととらえた。『機械の神話ー技術と人類の発達』で歴史家のルイス・マンフォードは、コンピュータは我々から自由を吸い取り、人生を豊かにする価値を破壊していると警鐘を鳴らした。……しかし1970年代に入るころには意識が大きく変化する。カウンターカルチャーとコンピュータ業界の融合を研究した書『パソコン創世「第3の神話」ーカウンターカルチャーが育んだ夢(ジョン・マルコフ著)にも、コンピュータは官僚的管理のツールとみなされていたが、それが個人の表現や解放のシンボルと見られるようになった」(『スティーブ・ジョブズ: The Exclusive Biography』講談社 p.105〜106)

ジョブズもまた、1968年に発行された『Whole Earth Catalog』(スチュアート・ブラントは、それまでトラックでクールなツールや教材を移動販売していた)の熱心な読者となります。この時です。これまでまったく折り合うところがなかった技術系人間と、ヒッピーのスピリットが交叉するのです。『Whole Earth Catalog』にはバックミンスター・フラーの言葉「確実に動作する計器や機構に私は神を見る…」が印刷され、発行人スチュアート・ブランドの極めて重要な言葉がつづくのです。
クリティカル・パス—宇宙船地球号のデザインサイエンス革命
クリティカル・パス—宇宙船地球号のデザインサイエンス革命

*S.ジョブズに大きな影響を与えた『ホールアースカタログ』の発行人・編集者のスチュアート・ブラント。『ホールアース・ディシプリン』を語る

「自分だけの個人的な力の世界が生まれようとしているー個人が自らを教育する力、自らのインスピレーションを発見する力、自らの環境を形成する力、そして、興味を示してくれる人、誰とでも自らの冒険的体験を共有する力の世界だ。このプロセスに資するツールを探し、世の中に普及させるーそれがホールアースカタログである」(『スティーブ・ジョブズ: The Exclusive Biography』講談社 p.107)

ジョブズも60年代のヒッピームーブメントの真っただ中に過ごし、19歳の時、インドで導師に会うために旅に出、7カ月をインド各地で生活します。そして「インドへ行ったときより米国に戻ったときのほうが文化的ショックが大きかった」と語るほどに、西洋世界のおかしなところが見えるようになっていきます。インドへの旅の深い影響、東洋の宗教を支える教えへの希求。ドラッグに瞑想、ヒンズー教、悟り、禅の体験。乙川弘文老師のもとでの日々の修養。出家への意欲(老師に諭され、事業の世界へ)。L.A.のサイコセラピストのもとでの「原初絶叫療法」(幼少期の抑圧された痛みを再体験させ取り除かせるフロイト理論に基づくもの。父を知らないジョン・レノンもまたこの療法を受けている)ジョブズのインドへの旅は、ヒッピームーブメントの流れにあるものの、その奥底にあったのは「養子=放棄された事実」に対する苦悩からの解放でした。そうした体験は、結果的にジョブズの「直感力」を研ぎすませるものになっていきます。
あるヨギの自叙伝
あるヨギの自叙伝

ちなみにこの頃、ジョブズが読んでいた本は、『禅マインドービギナーズ・マインド』(鈴木俊隆著)や『あるヨギの自叙伝』(パラマハンサ・ヨガナダ著)、『タントラへの道ー精神の物質主義を断ち切って』(チョギャム・トウルンパ・リンポチェ著)、『宇宙意識』(リチャード・モーリス・バック著)などでした。しかし突然にこうした東洋思想や智慧といった難解な本読みがはじまったわけではありません。その直前のハイスクール時代の半ば頃から、技術オタクのギークという自覚のなか、ハシシやLSDを試しながら、科学やテクノロジー以外の本を多読するようになっていたのです。それらはプラトンシェイクスピア(とくに『リア王』)、メルビルの『白鯨』にディラン・トマスの詩集であり、ボブ・ディランの詩や音楽でした。
タントラへの道—精神の物質主義を断ち切って (1981年)
タントラへの道—精神の物質主義を断ち切って (1981年)

次回はジョブズの「技術オタク」と「デザインセンス」がどこからやってきたのか、『スティーブ・ジョブズ: The Exclusive Biography』のなかに探ってみようとおもいます。アップル製品に欠かせない「デザインセンス」もまた、ジョブズの”根っ子”にあったことがみえてきます。「個性と情熱と製品の全体がひとつのシステムであるかのように絡み合い、ハードウェアとソフトウェアもまた絡み合っている」ーその秘密と謎がいよいよあかされます。さらには「交渉」が得意だったわけが。
▶(3)に続く-未
スティーブ・ウォズニアックの「マインド・ツリー(心の樹)」へhttp://d.hatena.ne.jp/syncrokun2/20101105/1288946441
◉Art Bird Books Website「伝記ステーション」へ
http://artbirdbook.com
▶「人はどのように成長するのかーMind Treeブログ」へ
  http://d.hatena.ne.jp/syncrokun2/


禅マインドビギナーズ・マインド
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宇宙意識
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Steve Jobs
スティーブ・ジョブズ-偶像復活

スティーブ・ジョブズ全発言 (PHPビジネス新書)

アインシュタイン その生涯と宇宙 上
*1327345914*『S.ジョブズ』の伝記作家ウォルター・アイザックソンの、これまた世界的ベストセラーになったアインシュタインの伝記。最高レベルの伝記です

Essential Whole Earth Catalog
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白鯨 上 (岩波文庫)

仏教と瞑想