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あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

立川談志(1):「人生成り行き」とは何なのか

亡くなる1年前に緊急出版されていた『人生、成り行きー談志一代記』で談志が語っていたこと。落語会の「異端児」「革命児」、談志師匠の「成り行き」とは何なのか。29歳の時に書き、若手落語家の”バイブル”となった『現代落語論ー笑わないでください』にすでに書いていた「自伝」。「笑点」や「11p.m.」のアイデア出し。

人生、成り行き—談志一代記 (新潮文庫)
人生、成り行き—談志一代記 (新潮文庫)

平成23年暮れ、談志師匠が鬼籍にはいった1年前に緊急出版されていた『人生、成り行きー談志一代記』立川談志 聞き手:吉川潮 新潮文庫。これは立川談志の”本体(本質)”を知る上で何をもってしても読んでおくべき1冊でしょう。

聞き手の吉川潮は、演芸評論家にして立川流顧問。最も近い場所にいた吉川潮がその立場を遺憾なく利用したインタビュー記事(『小説新潮』に連載)を1冊にまとめたものとなっています。
「第一回 落語少年、柳家小さんに入門する」から理不尽な前座修業時代、二つ目小ゑんとしてキャバレーを席巻したこと、結婚、政治家、離党。「第七回 この時、芸に<開眼>した」から落語協会分裂、立川流創設にいたって、自身談志落語を自己分析し、最後にゲストに文句なしの弟子代表・立川志の輔を呼んでの「第十回 落語家という人生ーお前も、おれみたいに、狂わずにはいられなくなる」、といったまさに<談志、一代記>です。

「人生、成り行き」という本のタイトルですが、「物事がある方向に自然に進んで行く状態」という意味の「成り行き」を、少年時代に熱中したことが人生すべてにわたって、そのまま”その方向に自然に進んで行った”と読むことができます。
しかし、およそ「煙草を辞めたヤツは意志が弱い」(吸い続けているヤツは早く死ぬ確率が高くなる、そのことを承知で知っているので意志が強いとなる)と言ったり、「ホームレスがいなくなったら、本当の大不況だ」と言ったり、つねに逆説的、皮肉的に語る談志師匠のこと、「人生、成り行き」という意味がどういう意味を孕んだものなのか、『人生、成り行きー談志一代記』をきっちり読めば、その真意、本意がたちどころに見えてくるようになっています。

しかし本書を読み終え、少し時間がたつと、やはり「物事がある方向に自然に進んで行く状態」という意味の「成り行き」がすんなりしてくるのです。談志少年の裡に芽生えたもの。それが風雪に耐えながら、ある方向へと”自然”に成っていく。「成り上がり」をも含み込む、<人間の業>を肯んじた「成り行き」と読めるのです。

しかし、落語会の「異端児」「革命児」、TVの演芸番組「笑点」(談志が初代司会者)や夜の番組に視聴者を引き込んだ「11p.m.」のアイデアを繰り出すそのセンスと頭脳。政治家に立候補し自民党に入党し、三木内閣の沖縄開発政務次官になって一悶着で離党、真打昇進試験制度をめぐって破門、落語協会脱退(46歳の時。1982年)、家元立川流創設、落語会はじまって以来の上納金制度の導入。

罵倒、タブー、差別用語の連発、過激な毒舌家、その破天荒ぶりは、ビートたけしを唸らせ談志一門となり(高座名「立川錦之助」)爆笑問題太田光の才能をデビュー後たちどころに見抜く。

そうしたセンスと頭脳は何処からやってきたのか。談志少年の裡にそれがどのように”芽生えた”か。その秘密が『人生、成り行きー談志一代記』につまりにつまっているのです。

これにもう1冊加えなくてはならないのは、談志29歳(1965年)の時に著した『現代落語論ー笑わないでください』(第二版 2011年刊。三一書房 第二版の帯には「これが落語家の初めて書いた本である 立川談志 家元の原点!)。落語家をめざす者の「バイブル」ともいわれている本です。

じつはこのなかにすでに談志の「自伝」が、「第二章ーその2ー真打ちになること」であらわされていたのです。
若くして「自伝」を書く者は、自身の生き方に対して極めて意識的であり客観的でもあることが談志師匠からもうかがえます。

落語はそんなにファンでないし、どうしようかなと徒に迷うだけ徒労です。『人生、成り行きー談志一代記』と『現代落語論ー笑わないでください』、読んじゃった方がいいです。
じつは私も落語は完全に奥手で、大学
時代の落語研究会に所属していた同じクラスの者が発表するのを聴いたくらいで(ということは「芝浜」も「らくだ」もとんと知らないできた)、はらはらと寄席にも行ったこともありませんでした。

もう何年も前からの落語ブームもおよそ知らんぷりでした。ただここ1、2年深夜ラジオで落語に耳を傾ける機会があり、人間のどうしようもない「業」のあらゆる領域をあつかう落語の世界にじょじょに触れて……やややっ、そんなものなので、ここに落語の、故立川談志師匠の何を書こうが、そんな資格も何もあったもんではないのです。


2011年暮れに生前に録音されたブルース歌手「ディック・ミネでも語ろうか」を聴きましたが、すごいもんでした。もっとも落語異端児・立川談志のいろんな機会での喋りは、日本で生きているかぎりテレビや雑誌などあちこちで見聞きすることはあり、その異能さは自分なりにわずかながらも知ってはいましたが、今にして思えば何も知らなかった。それしか言えません。


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そんな自分が「伝記ステーション」で立川談志を紹介するにあたり、『人生、成り行きー談志一代記』と『現代落語論ー笑わないでください』を手にとる。じつはこうした本読みへのステップというか、(読書の)タップが「伝記ステーション」の自分なりの楽しみ方にもなっているのです。日本では中学生にのぼる頃にはほとんどのひとが、暇があろうがなかろうが、誰それの伝記を読むことなどなくなっているのではないでしょうか。

小さな頃には、親たちや学校は「野口英世」や「織田信長」、「リンカーン」「ファーブル」「ヘレン・ケラー」などの伝記本を子供たちにさしむけ誘うように読ませますが、少し大きくなってくると日本ではすっかり伝記を読む機会はなくなります。

親たちも同じ様な体験しかないため自分たちもそれ以上に読ませることはありません。経験則がないのですから。よって中学生以降ほ伝記読みの体験はゼロ冊のひとがかなり多いのではないでしょうか(30人前後のひとに直接聞いてみましたが、事実そうでした)

スポーツなどクラブ活動への熱中、受験勉強、子供自身の読書時間の減少、子供用伝記本は親や学校がかつて薦めていたため子供側のそれへの反感、反抗期などなど。もう一つ裏に隠された理由は、将来良き会社に就職しなくてはならないため(つまり集団行動)、あまりに個人的な才能で人生を切り拓いていった人物の生涯など、むしろ障害になったり子供をひどく迷わせるだけになるというものです。

そうしておきながら「夢」を持てというのですから、子供にとってどれほど無理難題のことやら。別の角度から言えばこれはどういうことかというと、日本が高度成長期の時は、かなりエレベーター式に大学入学、モラトリアム、続いて就職という道筋が描こうとしなくてもオートマティックに描けたため、自ら道を切り拓いた人物を描く「伝記」などは、まず不必要だった。

読む理由など、少し大きくなった少年少女にも、青年にも、大人にも、誰にもなかったのです。ところが海外(とりあえず欧米)ではかなり以前から、どんな年代層にも伝記・自伝本にはつねにかなりの読者がいて、書き手もまた広く評価されますピュリッツァー賞伝記部門など)。歴史的背景も異なり、伝記・自伝本は「歴史」や「心理学」のいちジャンルとしても扱われるようです。


脱線してしまいました。もう少し脱線します。木を見て森を見ない、花を見て樹を見ないの譬えがありますが、見た「花」がポツンと空中に浮かんでいるなんてことはありません。必ず茎があり枝があり幹があり、根があります。そして土壌があります。

立川談志師匠も、その語りも同じです。「花」となった部分を愛でた時、その背景は視界に入ることはありません。しかも人の場合は「時間経年」ですから、顔の皺や老い以外ますます見えない。「花」をつけている「樹体」を「根っこ」をまずは見てみようではないか、というのが「伝記ステーション」です。「樹体」や「根っこ」を知った時、「花」がどのように見えてくるか。もはや同じ様には見えなくなってくるはずです。

相手(この場合は談志師匠)が勿論変じたからでなく、自分の裡で何かが僅かにでも変じたからなのです。

それは立川談志に対してなのか、落語に対してなのか。おそらく両方なのにちがいありません。異端児・立川談志師匠も「落語」に「帰属」しているからです。そして立川談志の言葉、「落語家とは人間の業を肯定することである」という言葉、「業の肯定」が、談志的逆説をもって「イリュージョン」(談志師匠の言葉)となってせりあがってくるのです。

「人間という不完全な生物が生まれて、知恵を持っていたから、火をおこし、雨風を防いで、絶滅せずにきた。そのうちに好奇心がめばえ、いい好奇心を文明と呼び、悪い好奇心を犯罪と呼んだ。いいも悪いもそれが人間の業じゃないか、しょうがねえじゃないか、と肯定してくれる非常識な空間が、悪所と言われる寄席であった」(『人生、成り行きー談志一代記』新潮文庫 p.230)

悪所と言われる寄席に、ひとりの少年はどのように近づいていったのか。夢中になっていったのか。どんな「成り行き」があったのか。『人生、成り行きー談志一代記』の冒頭、聞き手・吉川潮氏による「前口上」があります。吉川潮氏は以前に何度も談志師匠を相手にインタビューすることがあったものの、インタビューはいつもテーマが決められているものばかり。ただその都度、談志師匠の正確にして驚くべき記憶力に感心していたといいます。

ならば遠い昔のこと、つまり子供の頃のことも覚えているはずだと吉川氏は考え、じっくりと談志師匠にうかがいはじめるのです。

「…ならば遠い昔のことも覚えているはずなので、少年の頃の話から年代順にじっくりうかがいたいと思った。松岡克由(かつよし)少年はどんな子供だっのか。どんな物に興味を示し、何が好きで何が嫌いだったか。テーマもたくさんある。学校、スポーツ、食べ物、歌、映画、演芸、恋愛…」(『人生、成り行きー談志一代記』新潮文庫 p.10)

立川談志(2)へ続く:

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