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あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

ヨーゼフ・ボイス:自然との関係こそがルーツ(1)

「私は人間などではない。私はウサギなのだ」と語り、蜜蝋や脂肪、フェルトなど「素材」に関心を向け、はたまた『自由国際大学』開設、『緑の党』結党にも関与したヨーゼフ・ボイス。生まれ育った土地の「自然」との深い関係。
「自然を観察」することを教えた母。少年時代、家で「動物園」をつくり「植物コレクション」は周囲を驚かせた。ギムナジウム時代、旅回りサーカス団の虜になって姿を消していた


「芸術教育はすべての学科に含まれなければならない。つまり基本的なことを多く学ぶ小学校が特に重要なのだ、という考えを何度も表明している。

ボイスは『成長を前もって準備することができるならば』、思春期の成長をより高次の芸術的能力へと高めることのできるひとつの段階となりうるとみている。


発達心理学的研究によれば、調和のとれた発達段階における素朴で直感的な芸術的能力は思春期に中断してしまう、というノイエンハウゼンの発言を、それは教師がなっちゃいないからそのような能力がとぎれてしまうのだ、とボイスは反撃している。


いまの教師はまるで心理学者のように、子供は人生のある一時期にすぎず、またある時期には別になるだろうし、最終的にはすべてがすばらしい成果につながるだろう、とのんきに観察しているだけなのだ。

実際、教師は創造的な活動ができる子供たちの可能性をまったく見落としてしまっている」(『評伝 ヨーゼフ・ボイス』ハイナー・シュタッヘルハウス著 山本和弘訳 美術出版)


『自由国際大学』開設、『緑の党』結党にも関与したヨーゼフ・ボイスは、まったくのっぴきならないアーティストだ。「芸術」の概念を<社会変革>や<教育>に拡張し、「社会彫刻」を打ち出した。


その「拡張された芸術概念」芸術概念は、神話と実存と自然科学とが相互作用することによって発展していくと考え、さらに動物学や医学、社会理論とも連携。

また革命的思想家ルドルフ・シュタイナーに、蜜蜂と人間との興味深い比較へと導かれはボイスは、立体作品において、蜜蝋や脂肪、フェルト、さらには銅、鉄、玄武岩といった「素材」への関心を深めていきました。

同時にそれは自身の遊牧生活やシャーマニズムへの関心からもやってきた課題でした。

よく知られているようにボイスは、ウサギ、鹿、大鹿、羊、蜜蜂、白鳥などをお気に入りの動物にしていました。「私は人間などではない。私はウサギなのだ」とすら語っていたボイス。

そうした動物は神的な性質をもち、ボイスのローイングや彫刻、アクションのなかでいろんな関連をもちながら登場してきます。

ボイスとその動物たちとのルーツはどこにあるのか知った時、ボイス芸術の”キー”に気づくことになります。

「社会彫刻」や「拡張された芸術概念」がボイスのなかでどのように生まれたのかを知った時、煙に巻いたかのようなボイスのパフォーマンスや作品に、ぐんと近づくことになるとおもいます。


「動物たちは身を捧げた。まさにそのことによって人間は現在の人間にありえたのである」ヨーゼフ・ボイス



ヨーゼフ・ボイスは、オランダに近いドイツ西部、デュッセルドルフやエッセンに近い、ライン河下流左岸の都市クレーフェルトに(人口約24万人)1921年5月12日に生まれています(同じくクレーフェルト生まれには馬具職人のエルメス、ミュージシャンでクラフトワーク創始者ラルフ・ヒュッター、フィギュアスケートイナ・バウアーらがいる)


ただ誕生したその年に、ボイスはオランダの国教までわずか10キロにある街クレーフェ(Kleve/人口5万人程)に移り住み、後にボイスは、この小さな街で誕生したと記すようになります。生まれた記憶もない土地よりも、生まれ育った記憶のある確かな土地こそ、誕生の地にするのは人間の性。


芸術と政治をめぐる対話


またそれ以上に、クレーフェの土地と自然は、ボイス少年の感性と人間形成の源泉となったのです。

後年ボイスはしばしば1歳半の頃、自然のなかにいた自分を詳細に回顧することができると語っていたといいますが、クレーフェの土地と自然がいかにボイスそのものとなったかを告げているようです。

実際に、草や樹木、茸について多くを知り、蠅や蜘蛛、魚、カエル、ハツカネズミやドブネズミを捕まえまるで小さな動物園とでもいうような迷路的展示空間を設けたのもクレーフェの地でした。





ここでボイスの家族についてみてみましょう。父ヨーゼフ・ヤコブ・ボイスは商人だったといいますが、世界大恐慌以前はクレーヴェ近くのちいさな町リンデルで酪農業共同組合の幹部だったようです。

大恐慌のあおりで共同組合はつぶれ、兄弟とともに小麦、飼料店を設立、商人だったというのは、小麦や飼料の商いでした(戦時中は地方行政の仕事に就いていた様)


小麦や飼料となれば、大地や動物とボイスとの関係をみれば、直接的ではないにしろボイスの記憶に潜在したのでしょう。

ただ、几帳面な性格で家庭的ではなかった父ヨーゼフとの関係はまったく冷え冷えとしたものだったようで、ボイスは厳格なカトリックの空気に支配された家から脱出することを願っていたといいます。


一方、ヴェーゼルのヒュルザーマン家出身の母は、少年ボイスに、芸術的な関心を与えることはありませんでしたが、芸術的な「感性」の土壌になるものを授けたようです。

ボイスが幼少から好み馴染んだ「自然を観察」することは、母から伝えられたようです。母は厳密なものではなくとも「自然科学的関心」を持っていた人でした。




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クレーフェの地は少年ボイスに「自然」だけでなく、壮大な歴史文化的「物語」をも与えます。

クレーフェのランドマーク的存在といえば、「白鳥城」とも呼ばれるシュヴァネンブルクの城で、築城の起源は聖杯王パルジファルの息子である<白鳥の騎士ローエングリン>にあるといわれています(17世紀のヨハン・モーリッツ伯爵は植物学者でもあり、白鳥城に素晴らしく美しい庭園をつくりだした)



ボイスの初期ドローイングに「白鳥」が多く描かれているのは、動物としての白鳥と郷土の歴史物語への深い思いからだったのです。また後にボイスがヴァーグナーの楽劇を好んだのもこれが精神的土壌でした。さらに近郊にたつグナーデンタール城はボイス少年のお気に入りの遊び場で、その城にかつて暮らしていたクローツ男爵に憧れていました。

男爵はなんとフランス革命時にパリに出向き、ジャコバン党に与し、フランス国民集会で人類の普遍的理想を説き、スパイとして捕獲されロベスピエールによって処刑されます。

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