伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

『サッカー狂時代』の作者が描いた『ハイ・フィデリティ』的恋愛観、人生観

ハイ・フィデリティ (新潮文庫)
ハイ・フィデリティ (新潮文庫)ニック ホーンビィ Nick Hornby

新潮社 1999-06
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アメリカの「エンターテインメント・ウィークリー」誌が選出した「伝記映画ーBiography Movie」25作品(2008年)の1作品に選ばれていた「ハイ・フィデリティ—High Fidelity」が、翌年に選出し直したベスト50「伝記映画」に選ばれていなかったのは極めて単純明快なことで、映画『ハイ・フィデリティ』は英国人の著者ニック・ホーンビイの伝記映画ではなく、「小説」だからでした。こうしたケアレスミスからも意外と思い白いことに出くわすので、ちょっと続けて書いていってしまいます。このミステイクが起こったのも、ニック・ホーンビイの処女作『サッカー狂時代(原題:Fever Pitch)』(1992年刊)がサッカー狂(イングランドフットボールチーム、アーセナルの熱狂的ファン。アメリカで映画化された時は、アーセナルはボストン・レッド・ソックスとサッカーからベースボール狂に変わっていた)の自伝的要素をたっぷり含んでいたノン・フィクションもので、アメリカ誌「エンターテインメント・ウィークリー」のライターか編集者が、この中古レコードショップのオーナーを主人公にした2作目も、相当にリアルな話が詰め込まれているので自伝的なノン・フィクションだと思ったからでしょう(そうした要素もかなり必ず含まれているにちがいありませんが、「伝記映画」と言うにはあまりにもフィクション部分が多い。ちなみに映画では舞台はロンドンからシカゴに移されている)。
結局、必ずしも伝記映画ではなかったこの作品ですが、「Mind Tree」的な観測も(断面ですが)でき、オモシロサに結構スパイシーな要素もあって気づけば見れてしまうのです(自分も18年間、店商売をしていたのでその時の記憶もフラッシュバックしてくるのも手伝って)。オーナーと2人のアルバイトスタッフは趣味のレコードやミュージシャン、映画など、「トップ5」を順序づけて上げるのが習慣化しています(映画の後半でトップ5レーベルを立ち上げる話がある)。「有史以来」が口癖の中古レコードショップのオーナーの主人公ロブ・フレミング(設定は30代半ば)の夢は、1番が『ローリング・ストーンズ』誌の記者(原作ではイギリスの『The NME - New Musical Express』)、2番目がアトランティック・レコードのプロデューサー。3番目が、ラップとクラシック音楽以外のミュージシャン、4番目がドイツ映画とサイレント映画以外の映画監督、5番目が建築家でした。ただし『ローリング・ストーンズ』誌といっても、1976〜79年の間だけ、アトランティック・レコードのプロデューサーといっても1964〜71年の間だけで、つまりその時代はもう”過ぎて”しまっているのです! 5番目が建築家にはもはや憧れはなく、レコード店の経営がそのポジションにきていると語っています(映画では、1980年代半ば過ぎの中古レコード店のオーナーの気分も味わえます)
映画の冒頭から主人公ロブ・フレミングは、自分自身の強烈な記憶に残る恋愛の「破局の5つ」(著者ニック・ホーンビイの体験が反映されているにちがいありません)の記憶を思い起こしていきます。興味深いのは、DJをやっていた時期もあり女性にまったくモテないわけではないのに、なぜいつも女性と破局してしまうのか自分自身に問いかけはじめ、かつて付き合いのあった女性に会いに行きその理由を訊ねようとするのです。ある意味、過去の問題に取り憑かれてしまっているのですが、「少しづつ死んでいっている自分」を感じだしたある日、地に足のつかない生き方を見直そうとしはじめます。ただし、音楽用語ではハイファイ、高度に忠実に再現されるの意の映画のタイトル「high fidelity」の如く、「幻想」に憑かれ追い回されるのでなく、自分自身の「原音に対して高度に忠実な音の再生」、つまり<自分自身>を形づくってきた「5つの根」(この表現は原作や映画にはありませんが)の上にしっかり立脚した生き方を志向しはじめたのです。「トップ5」とは、あるいは多くの樹木が生やすような、「5本の枝葉」のことなのかも知れません。蛇足ですが、アルバイトスタッフの一人にレコードオタクの今でいう草食系のいっけんひ弱そうな男の子がでてきますが、1980年代はそうした男の子に対する女性も目もやさしく微笑ましく、恋がはじまる様子が描かれていて、ひとによっては参考になるかもしれません。とにかく1950〜60年代の「ストリート」の熱気の後、そうしたカルチャーを独自のセンスで配した「店」とは、”何かが”起こる場所でもあり続けていたのです。
ハイ・フィデリティ-特別版- [DVD]

サッカー狂時代
サッカー狂時代ロディ ドイル ニック ホーンビー

キネマ旬報社 1995-06
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