伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

ピーター・ドラッカー、13歳の時、自分は「傍観者」だと気づいた。「教師観察」を楽しみにしはじめる


ドラッカー わが軌跡


ドラッカー:わが軌跡/(新訳—傍観者の時代)Adventures of a Bystander』(ドラッカー名著集第12巻としても刊行されている)は、ピーター・ドラッカー通が多くのドラッカー本のなかで一番好きな本だとこっそり打ち明ける本だだいいます(本書訳者後書きより)。その理由はドラッカーの思想・哲学、ものの考えの<根本>を知ることができるためで、おそらくは本書を読んで他のドラッカー本を読むのと、本書を読まずに読むのと理解に雲泥の差がでるにちがいありません。本書はドラッカーの半自伝的な書籍で、なぜ、どのようにドラッカーが世界第一級の人物になっていったのかが、目から鱗が落ちるようにえがかれているのです。ドラッカーは本書を自著のなかで最も楽しく書くことができたものだと語っています。
たとえばプロローグにあるのはこんな言葉です。「私が傍観者であることに気づいたのは13歳のとき、1923年11月11日のことだった。14歳の誕生日の8日前だった」。その日にピーター・ドラッカー少年に何がおこったのでしょうか。ドラッカーは過ぎし日々に起こったことを若いひとたちに伝えようと少年時代の記憶に向かいます。その日は第一次世界大戦の敗戦国で、ドラッカーの母国のオーストリアの「共和制」が宣言された記念日で、当時社会主義社の町と化していたウィーンでは町をあげての祝祭の日だったのです。ドラッカー少年は各地区の青年団が繰り出す行進の先頭に立って、赤旗を掲げ労働歌を歌い、ソビエトメーデーよりも古い”最古”ともいわれる自発的デモ行進”をしていたのでした。そして当時大好きだった水溜まりを突き進もうといしたとき、打ち続くあまりの大群の跫(あしおと)がザックザックザックとまるで巨大な圧力となって聞こえてきて、ドラッカー少年を心を圧っしてしまい、ドラッカーは隊列を離れ2時間かけて家に戻ってしまうのです。母が逆に息子の行動をいぶかって尋ねたとき、ドラッカー少年は「最高だった。でも僕のいる所ではないってわかったんだ」と答えます。つまり自分は「傍観者」だということに気づいたというのです。
ドラッカー少年がその日、”気づいた”のは自分が「傍観者」だった、ということで、じつはすでに8歳の頃には、かなりの程度の「傍観者」になっていたことが記されます。ひとと違う見方をすることが多く、よく忠告されていたという記憶もあるようです。この「傍観者」がどうなっていったかというと、学校の教師をつくづく「観察」する様になっていったというのです(詳細はぜひ読んでみて下さい!)「こうして教師観察は、長い間わたしの大きな楽しみの一つとなった。わたしはこの教師観察を知的な楽しみとして推奨したい。わたしは今日、いまだにこの楽しみを続けている」(p.72)。少人数のクラスでのみ最高の教師になるひとや、バックミンスター・フラーのように2000人もの大聴衆を7時間釘付けにすることができる者、初心者とプロ・ダンサーどちらにも最高の教師になれたマーサ・グレアム、ヨーロッパの著名な画家で唯一まともな教師になったのはティントレットだったけだったこと、エル・グレコをのぞき偉大な画家の全員がほとんど無名の画家に教わっていたことなど、時空を飛び越えドラッカーが「教える」ことについて考えを深めていきます。そしてベートーヴェンアインシュタインの才能の様に、教えることは生まれつきの個性・天賦のものであると考えだしていたとき、個性・天賦ではない別の種類のひとたちがいることに気づきます。それは自らが手にした<方法論>によってひとを学ばせることができる教師たちがいることを。そうした先生に共通するのは「生徒一人ひとりが得意とするものを見つけ、目標を定めてその強みを伸ばさせる。目標は長期のものと短期のものの両方を設定させる……」といいます。
とにかく本書にはドラッカーでしか知り得ない世界一線の人々のことや、その「人物観察」(秘伝に属するほどの)は本書でしか入手しえないものです。キッシンジャー元米国務長官を育てた人物フリッツ・クレイマーのこと、バックミンスター・フラーマクルーハンフロイトや『大転換』を著した後のカール・ポランニーのこと、そしてポランニー一族のこと。GMのアルフレッド・スローン、『タイム』のヘンリー・ルースらがどんどん俎上にのせられます。なにかと話題の『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』と同時に、本書を読めば一挙にあなたのスコアボードに得点がたたきだされることでしょう。最後に、ドラッカーはフルタイムの仕事よりもパートタイムのコンサルティングや大学での講義などの方が気質的に向いていることに気づいたと言い、少年時代、組織の内部にいると圧されてしまい「傍観者」であり「観察者」だったドラッカーの天職(マネジメント)となったことが次第にあきらかになります。「マネジメント学」とは、自身の”根っ子”、”樹芯”をしっかり認識したドラッカーが時代の大転換から気づいていったものの総称といえるのです。

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2008年に刊行されたドラッカー名著集:第12巻『傍観者の時代』ー糸井重里氏が帯コピーを書いている
ドラッカー名著集12 傍観者の時代 (ドラッカー名著集 12)
ドラッカー名著集12 傍観者の時代 (ドラッカー名著集 12)