伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

ビートの先駆者ジャック・ケルアックに刺激を与え、映画『荒野へ』のマッカンドレスを荒野へと駆らせた、あまりにスケールの大きなその生涯


地球を駆けぬけたカリフォルニア作家—写真版ジャック・ロンドンの生涯
地球を駆けぬけたカリフォルニア作家—写真版ジャック・ロンドンの生涯

作家ジャック・ロンドンの名前は、犬のバックを主人公にした小説『荒野の呼び声』で日本でも名高く、同書が突出して知られすぎたため、作家ジャック・ロンドンの人物像が日本ではほとんど知られないまま、大学の英米系文学部のジャック・ロンドン好きの教室か(今日ほとんど無いだろう。もし『荒野の呼び声』がテキストに選定されていたら、テキスト主義に落ち入らないよう必ず伝記をあわせて読むことを強くお薦めします)古書店の棚の隅に追いやられてしまっているようです。結局は、かつて読んだ『荒野の呼び声』の微かな記憶をともなって動物作家としての一面だけが亡霊の様にひとり歩きしている気がします。
海外では同時代の作家の様に一時的に忘却された時期があるというものの、たちまちジャック・ロンドンの名前は浮上していきます。後に作家になったひとのみならず、多くの他分野のひとが小さい頃に読んだとか、影響を受けたとかで名前をあげています。ジャック・ロンドン人気はたとえば英語版ウィキペディアの「影響を与えた人々」のコーナーをみても一目瞭然で、ビートを魁(さきが)けたジャック・ケルアック(『路上』。ケルアックは大学入学前にジャック・ロンドンの世界に出会い大きな刺激を受け、ジャック・ロンドンの伝記も読み孤独な旅人になることに魅了されていった)から、ジョージ・オーウェルディストピアを描いた『1984』や『動物農場』)リチャード・ライト(20世紀黒人文学の先駆者『アンクル・トムの子供たち』)マーガレット・アトウッド(現代カナダを代表する女流作家。『キャッツ・アイ』、アーサー.C.クラーク賞を受賞した『侍女の物語』)たちや、映画『イントゥー・ザ・ワイルド』の主人公クリストファー・マッカンドレスの名もあげられています。マッカンドレスは愛犬に「バック」という名前をつけていたほど。そして物語中、バックがカリフォルニアからアラスカへ向ったように彼も北上しアラスカの荒野へ入り込んでいきました。
逆に「影響を受けた人々」には、ニーチェからカール・マルクスダーウィンやハーバート・スペンサー、トーマス・ヘンリー・ハックスレイの名があげられていますが、上に掲げた伝記をみればさらにカント、ホッブス、ベイコン、ミル、アダム・スミス、バークリー、ライプニッツ、ヘッケル、ショウペンハウアー、キプリングシェイクスピアらから貪欲に吸収し、大学に行けなかったジャック・ロンドンなりにそうした知識や考えを独自に<混合>していったのです。イエス・キリストリンカーンがずっと彼の二大英雄でしたが、「進化論」が軸の一つになった時代の知的革命は、ジャックを時代の矛盾の渦中へと駆り出していきます。
とにかくジャック・ロンドンは、ビートの先駆者ジャック・ケルアックも驚かせる程の、数々の体験を重ねたスケールのでかい生涯を送ったことがわかってきます。新聞配達から缶詰・黄麻工場での重労働、電気鉄道会社の発電所での石炭運び、失業者軍との全国放浪、ボクシング・フェンシング、水泳、討論好き、ルンペンと間違われ理不尽にも刑務所に収監されたこと、少年社会主義者として知られた日々、ロンドン・イーストエンドどん底の人々の調査と社会学的アプローチをしての著作、日露戦争の従軍記者として極東へ、そしてサンフランシスコ大地震に遭遇、帆船「スナーク号」での航海、小笠原諸島や日本、朝鮮、ハワイ、タヒチガダルカナル島へ、などなど。そうした様々な体験に裏打ちされたリアリズムが数多くの作品に流れこんだのでした。その結果、同時代のどの作家よりも数多くインタビューされ、どの作家よりも稼ぐことになったといいます。
並外れた観察力と物語力から生み出された『荒野の呼び声』の裡には、敵対する環境における生死を賭した闘いをする人々の寓話だけでなく、父親であることを実父に否認されたことや不条理な刑務所体験などジャック自身の魂の叫びも込まれているのです。
荒野の呼び声 (岩波文庫)
ジャック・ロンドン本人は、サンフランシスコに誕生しますが、ロンドンの姓は、生まれる少し前に母が出会って結婚したジョン・ロンドンからきています。2人とも子持ちだったので協力して穏和な生活を営みだすことができたのです。ジョン・ロンドンはジャックを実の息子として愛しました(誠実さから後に実父ではないことを告げる)。ジョン・ロンドンはジャガイモ農園や果樹園で成功します。
ジャック・ロンドンは21歳の時、本当の父親を確認するためサンフランシスコ図書館に行き古い新聞資料を読み誕生の記録(当時「クロニクル」紙には誕生欄があった)を探し出し、父親を探し出します。父親チェイニーは占星家で占星術師として開業し化学・天文学の講義もし「フィロマシアン」という定期刊行物を発行したことのある人物でした。母フローラ自身も降神術の会を催したり講義をもったりピアノを教えて収入を得ていて、1870年代のサンフランシスコでこの2人が催す降神術と占星術の会はかなり人気があったといいます。しかし2人の関係はジャックを身籠ったあたりから座礁してしまうのです。母フローラはジャックが生まれる前にピストル自殺を図ってしまうのです。
ジャックが本の世界と出会ったのは小学生の時で、担任の先生がワシントン・アーヴィングの『アルハンブラ物語』を貸してくれたのが最初で、ウィーダの『シーナ』でまた感銘を受け、9歳の時にはオークランド公立図書館に入り浸るようになります。そこで冒険物の書籍と出会い虜に。英国の小説家スモーレットの『ペリグリン・ピクルの冒険』で、それ以降手当たり次第に冒険物、古い旅行記、航海物、歴史物を読み漁ります。この読書体験が、地球を駆け抜けていく作家ジャック・ロンドンを生み出す内面の潮流になっていったのです。
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