伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

 父はピアノ好きの牧師で弁護士。幼少期にあった「建築」との接点とは? 英国のウィリアム・モリス好きだった母が子供部屋に念入りに準備したもの。「交響曲は音の建物である」と語っていた父の存在。そして「自然」とのかかわり


落水荘」は、帝国ホテル設計の依頼を受け、日本に滞在の折り、箱根山中の「自然」の懐に抱かれた別荘の佇まいからインスピレーションを受けていた

フランク・ロイド・ライト—建築は自然への捧げ物 (ミネルヴァ日本評伝選)

米国の稀代の建築家フランク・ロイド・ライトについては、「建築」という専門性が高い職業のため、彼が手がけた代表建築の日本の帝国ホテルや落水荘、NYCのグッゲンハイム美術館などをご存知の方も、日本との出会いの時期やコミュニティ生活をしていたタリアセンの時期以外、ロイド・ライトの生涯まではあまり踏み込むひとは多くないかもしれません。一人の建築家の発想の源流(その生涯)へと辿ってみることは、私たちに「住む」ということを根本的に考えてみることにもつながります。また「近代建築の三代巨匠」にも数えられるまでになったロイド・ライトを生み出したライト一家は、建築業とはまったく関係なく、そのため伝統に拘泥することなく自由な発想で斬新な建築を生み出しつづける知の泉がロイド・ライトにはあったといわれています。「知の泉」、それはいったい何だったのでしょう。
フランク・ロイド・ライトの書籍はかなりの点数でていますし、また写真・図版も数多く掲載されているもの、新たな切り口によるものなど、ご自身の感性と興味の在りどころからまずは書籍を選ばれるとよいかとおもいます。ロイド・ライト本人や落水荘など彼の手がけた建築物を記録したドキュメンタリーな映像から入るのもよいかもしれません。
とくにライトの建築哲学は、「自然」との関連が濃密な時期が長くあるので、震災後の新たな建築の発想や建築を感じる時に充分活かされるのではないかとおもわれます。その観点から、本書(上掲『フランク・ロイド・ライト』大久保美春著 ミネルヴァ書房のサブ・タイトルは「建築は自然への捧げ物」で、ライトと「自然」、そして「日本の自然」との出会いと関連がわかりやすく描きだされています。
さて、本書を参考に、ロイド・ライトの家族、そして幼少期に話しを向けてみましょう。フランク・ロイド・ライトの父は、演説家であり弁護士であり牧師で、ピアノを弾き作曲もしていました。ロイド・ライト自身、ピアノを弾き、生涯ピアノを離すことなく、「交響曲は音の建物である」という父の言葉はロイド・ライトの「心の樹」に刻み込まれ、帝国ホテルをして「オリエンタル・シンフォニー」と呼ばしめたほどでした。建築との接点はどこにあったのか。じつは独立心旺盛な学校教師だった母が、息子が建築家になるように強烈にイメージして(母は、理想の建築家をゴシックの大聖堂に魅せられ建築家をめざし、そして「アーツ・アンド・クラフト」運動をおこしモダン・デザインの源流もつくりだしたウィリアム・モリスのなかに見ていた!)、小さな頃から子供部屋に英国の中世の建築の木版画を飾ったり、生命の統一を教育の理想としたドイツ人F.フレーベルが考案し、後に先進的な幼稚園でも用いられるようになったブロック状の知的玩具「ギフト=恩物」を博覧会で見つけて息子にいつもそれで遊べるようにしつらえたのです。
フランク・ロイド・ライト 自伝—ある芸術の展開
ガウディだけでなくフランク・ロイド・ライトもまた、こうして伝記をひもといてわかるのは、どんな奇才であろうと専門職であろうと「マインド・ツリー(心の樹)」を離れて、一匹狼の如く誰にも何にも影響を受けず、無鉄砲に無軌道に人生をつくりだすということは人間というものはまずできないということなのです。いっけんその影響圏から外れた人生の軌道をえがいているようにみえる人でも、よくよくみれば幼少期、少年少女期に育まれた心根や感性、仕事観・人生観、さらには恋愛観・家族観、そして宗教観すら無縁ではないはずです。一本気だと言われる人程、その人の気質として家族や風土、周囲の環境から多大な影響を受けているはずです。
「伝記」「自伝」をあらたに読むことの面白さ、興味深さは、対象の人物を深く知るだけにとどまらず、「鏡」の様に必ず「自身」の人生へと照り返され、自身の裡にある「心の樹」へと意識が向うことなのです。無理をしない生き方、あるいは「スローライフ」の本質は、なにも生活速度をゆるめたり欲をすべてほおりだせばよいといったものではなく、自身の裡にある「心の樹」に気づき、その”樹勢”、”本性”をめいっぱい解き放つ、そのこともとても大切なことだとおもうのです。ちょっと脱線してしまいました。
▶Art Bird Books : Websiteへ「伝記station」 http://artbirdbook.com
▶「人はどのように成長するのかーMind Treeブログ」へ
  http://d.hatena.ne.jp/syncrokun2/

フランク・ロイド・ライトと日本文化
自然の家 (ちくま学芸文庫)
未完の建築家 フランク・ロイド・ライト