伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

叔父のドラッグストアでのアルバイトで学んだこと。高校時代に友人とはじめたミュージックストアでの失敗。「ペーパーカップ」の営業でトップセールスマンだった。マクドナルドの店を知ったのは独立して扱っていた「マルチミキサー」のセールスを通して。当初の狙いはマルチミキサーの販路拡大だった


*カリフォルニア・サンバーナーディノにあるマクドナルド1号店。現在はミュージアムに。レイ・クロックが初めてマクドナルド兄弟のつくりだす15セントのハンバーガーを見た店だった
成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝—世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)
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▶(1)からのつづき:レイ・クロックがマクドナルド兄弟のハンバーガー店にある種の深い「感動」を抱いたもう一つの背景に、ハイスクール時代にレイが小さなお店を開いていた体験があります。そのお店はミュージックストアで、楽譜やオカリナ、ハーモニカ、ウクレレなどを販売していました。1月25ドルの賃料の小さな店舗を友人と出し合って借りたのです。ピアノが得意だっレイは、ピアノの演奏と歌でお客を呼び込むのですが売れ行きはさっぱり。数ヶ月後に店を閉じています。じつはこのお店を出す前に、シカゴ・オークパークにある叔父が経営するドラッグストアでアルバイトしています。ミュージックストアを出すための資金づくり(100ドル貯めた)でしたが、笑顔と熱意をもって接客するとコーヒーを買いに来たお客さんに、アイスクリームサンデーも売れることを学んだといいます。
高校時代も、コーヒー豆や装飾小物の訪問販売をしていて、レイには仕事の方が手応えがあり、学校はあまりにも退屈な場所で足が遠のくばかりだったようです。当初は熱意をもってやっていたボーイスカウトでのトランペット奏者という役割は、レイにとっては学校と同じで「進歩性」が感じられず、物事の「進み」が遅いと感じたといいます。学校で唯一熱心だったのは「ディベート」の授業でした。
ハイスクール時代に勃発した第一次世界大戦では、レイは反対する家族を説き伏せ年齢を詐称してまでも入隊しようと企て、赤十字病院の救急車ドライバーになっています(レイにとって学校生活はもはや我慢の限界だった)。レイは訓練場で同じように年齢を偽って入隊していた人物と出会っています。宿舎で絵を描いてばかりで皆から変わり者と呼ばれた若者でした。彼の名はウォルト・ディズニーでした。レイの方はといえば、休日になれば皆が街へ繰り出し女の子を追いかけまわしていましたが。こうしたことからもレイの学びの場は、学校やキャンパスではなくいつも何かがうごめいている「現場」だったことがみてとれます。

結局、ヨーロッパ戦地に行く直前に休戦協定が調印されレイはシカゴへ。両親から学校に戻るよう促されますがもはやレイは聞く耳をもっていません。なんと高校時代17歳にしてレイのアルバイトの収入は父のそれを越えていたのです。セールス活動とピアノ演奏。これがレイのめざすところでした。ところが、装飾小物の訪問販売に一方で限界を感じていました。それは将来のヴィジョンが描けなかったことでした。そのため避暑地でのピアノ演奏を本格化しつつ、シカゴの金融街でちょっとした仕事をします(電子受信機が紙テープに印字した値段を書き起こすボードマーカーという仕事。すぐに会社は破産)。そしていよいよ後の「マクドナルド」を予感させる仕事へとレイは向うことになります。しかしまだこの頃ハンバーガーショップを終(つ)いの仕事とすることなど思いもよらない時期です。
マクドナルド」を予感させる仕事とは何だったか。それはハンバーガーではなく、「ペーパーカップ」のセールスの仕事でした(レイはこの仕事に付き合っていたエセルとの結婚に、安定した仕事に就くまで結婚に反対していた父を納得させるために就いているが、ペーパーカップに将来性を感じ取ってもいた)。この頃、ペーパーカップは野球場から動物園、ビーチに公園とソフトドリンク用のペーパーカップは、戸外のさまざまな場所で利用されるようになっていました。レイはセールスの相手を、誰も思いつかないところに見つけるのが得意でした。ピクニックやお祭り、結婚式場などでした。レイはさらに考えます。ペーパーカップにドリンクを入れて「テイクアウト」のオーダーにすれば、お店の売上げはさらに上がるのではないかと(28歳、1930年のこと)
この「テイクアウト」注文、最初はまったく仕事になりませんでした。提案したドラッグストアのオーナーには理解できなかったのです。そこでレイは、オーナーにカバー付きカップを300個無料で提供。1カ月の試行。すでにそこのドラッグストアのコーヒーを利用していた者の多くが、コーヒーをテイクアウトしたのです。テイクアウトのアイデアは大成功。テイクアウトをおこなう店が一軒増えれば、ペーパーカップの売上げもそれだけ伸びます。レイは大手企業や大工場、チェーン店を所有する大型店舗などと次々に契約を結んでいきました。この仕事でレイがおこなったこと、そして学んだことは、ペーパーカップの売上げを伸ばすことより前に、ペーパーカップの大量購入者になるであろう顧客の売上げを伸ばすこと、つまり顧客の立場に立ってプレゼンしたことだったのです。

*インタビューされるレイ・クロック

結果、レイは「ペーパーカップ」のトップセールスマンとなり、この業界に骨を埋めようと考えるまでになります。そして25歳からの17年間、リリー・チューリップ・カンパニーでペーパーカップを担当し働きつづけるのです(ペーパーカップ・ビジネスは冬期には売上げが激減するため、レイは夜には常勤のピアニストとしての活動もしていた時期がある。2人組みのピアノ演奏は人気になりラジオ局の仕事すら入るほどに)
マクドナルド兄弟と出会った時には、レイは新たなる目標として、ペーパーカップと同じ様にお店で用いられる「マルチミキサー」のセールスに乗り出していたところでした(ペーパーカップの仕事は順調だったため、会社から独立しリスクのあるマルチミキサーのセールスをはじめたことに妻はショックを受け一時期夫婦は危機に。少し軌道に乗ると妻も落ち着きを取り戻した)。レイがマクドナルド兄弟と出会ったのは、ハワード・シュルツスターバックス・コーヒーと出会ったのと幾らか似ていますハワード・シュルツスターバックス・コーヒーを参照してみて下さい)。ある時期から、全米中のお店から、「カリフォルニアの砂漠の中の町サンバーナーディノでマクドナルド兄弟が使っているのと同じマルチミキサーが欲しい」という注文が殺到しはじめるのです。似たマシンが幾つもあるにもかかわらず必ずマクドナルド兄弟の使用しているものと同じものの注文だったことに好奇心をそそられたレイは、マクドナルド兄弟の店を自分の目で確かめようと足を運びます。
マクドナルド化した社会 果てしなき合理化のゆくえ 21世紀新版
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いっけんすると他のドライブインと変わりはありませんマクドナルド兄弟はミキサーを8台所有。5つの回転軸から一度に40ものチェイクをつくりだしていた)。が、開店時間に近づくとお客の行列ができはじめ駐車場は満車。お客たちはマクドナルド兄弟がつくる一つ15セントのハンバーガーで袋をいっぱいにしています。スピーディーなサービスなので待たされることもなければ、チップをねだるウエイトレスもいません。ハンバーガーのメニューは2種類。ハンバーガーとチーズバーガー。それにフライドポテトとミルクシェイクとコーヒーとソフトドリンク。整然と清潔な店。フル稼動するマルチミキサー。レイは心を踊らせます。「これは、私がいままでに見た中で最高の商売だ」と(洗い場がカウンターの真後ろにあり極めて集約された店舗設計だった)
その夜、モーテルに戻ったレイの脳裏に、マクドナルド兄弟の店を全米の主要道路に展開させる考えがひらめきます。すべての店に、レイが扱っている「マルチミキサー」が置かれればすごいことになると。翌日、レイはマクドナルド兄弟の店ほど将来性のある店はないことを熱烈に語り、一緒に組んで「チェーン展開」すれば金鉱を掘り当てたのと同じぐらいにすごいことになると伝えています。ところがマクドナルド兄弟は、すぐ近くにある家での生活で充分満足し、幸せを実感しているのでこれ以上何も望むものはないと返したのです。「多くの問題を背負いこむことになるだけだ」と。「では、私がやりましょう!」。思わず口に出てしまった言葉。でもそれが今日のマクドナルドを生み出す言葉になったのです。時にレイ、52歳(1954年。兄のモーリス・マクドナルドとは1902年生まれで同い年でもある)。しかもレイはそれまでに糖尿病と関節炎を患い、胆のうのすべてと甲状腺の大半を失っていたので、身体的な衰えを自覚していなかったはずはありません。けれどもマクドナルド兄弟の店をみた時、これこそ生涯で最高のビジネスだと信じて疑うことはなかったといいます。52歳のレイは、自身の身体のことより、自分自身はまだまだ成長の途上にあり、未熟だとおもっていたのです。
「未熟でいるうちは成長できる。成熟した途端、腐敗が始まる」。これがレイの座右の銘でした。



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