キース・リチャーズ(1):自伝『ライフ』に記されていた驚くべき事実
キース・リチャーズ自伝『ライフ』に記されていたこと。父方の祖父と祖母は、なんとイギリスの労働党の創設にかかわった人物だった。市長になった祖母は児童福祉制度を創案したり、イギリス社会の「改革者」だった。音楽好きで自由奔放な母方の一族である。
自伝『ライフ』は、「サティスファクション」や「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の様に脳天に突き刺さってくる自伝である。それまでに刊行されていたキース・リチャーズ伝記本では、関連する記述はあるもののそれ以上に突っ込めず描き切れていなかった所や疑問点がキース自身によってあますところなく語られます。
ここではキース・リチャーズ自伝『ライフ』から、それまでの伝記作家が突っ込み切れなかったポイントとなる幾つかの重要な事実や体験に絞って紹介しておこうとおもいます。
その事実や体験は、キース・リチャーズ本人が、振り返ってみれば大きな意味のあったことでありターニングポイントを促した体験だったと語っているからです。
まず驚かされたのは、キースの父方の祖父と祖母です。祖父アーネスト・リチャーズは、食品製造会社に長年勤め、一方で庭師の仕事をしながら、まだイギリスに社会主義運動のなかった頃から労働党の創設にかかわっていた人物で、労働党議員になり初期の労働党の重鎮にまでなっています。
祖母のイライザも労働党議員になりウォルサムストウ市の市長になり、児童福祉制度を創案したり、イギリスきっての公営住宅拡大計画をも打ち出したイギリス社会の「改革者」だったのです。父方の祖父母のことはこれまで語られていませんでした。
キース・リチャーズの伝記本に必ず登場するのは、母方の祖父の方ばかりでした。祖父のガス・デュプリーこそ、少年キースに「音楽」や「楽器」を教えこんだ張本人だったことはよく知られています。
どの伝記本にも必ず登場する人物です。この祖父ガスは母ドリス(キースの母)にもたっぷりと音楽の影響を与えていますので、少年キースはまさに音楽のなかで生まれ育ったのでした。
ちなみに菓子職人で剽軽でユーモアのセンスがあった祖父ガスは、ダンスバンドで腕をならしサキソフォンやバイオリンが上手かったようです(ギターはそれほどでもなかった。キース自身にある「放浪癖」は祖父ガス譲りなのだろうとも語っている)。
しかも少年キースが幼少期の頃、ガス・デュプリー・アンド・ヒズ・ボーイズというダンスバンドを結成していて、夜になればアメリカ空軍基地へ行き演奏していたといいます(この辺りも自伝『ライフ』で初めて触れられたと思われます)。
また祖母エマもまた相当に腕のあるピアノ弾きだった様で、少年キースの音楽的環境がかなりのものだったことが自伝『ライフ』であきらかになります。
デュプリーという姓の祖父ガスは、フランスから亡命してきたプロテスタントの血筋(祖母エマは上品でフランス語も話せた)です。祖父ガスの一族は、音楽だけでなく女優として「演劇」にものめり込んでいる者もいて、周囲ではそれほどの自由奔放な一族はかなり珍しかったようです。
母ドリスについてもう少し突っ込んでみましょう。キースの他の伝記本では、ウクレレの演奏もできた母ドリスは「歌と踊りが大好きな女性」で、エラ・フィッツゲラルドなどのアメリカの音楽が好みだったこと、そしてキースは幼少の頃からアメリカの歌をいつも聴かされてきた、と語られています。
自伝『ライフ』では母ドリスの音楽好きの様子が次の様に描かれ、一般的な「歌と踊りが大好きな女性」ではなかったことがわかります。
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まだレコードプレイヤーがなくラジオだけが音楽を流していた時代、ラジオのつまみの選択権をもっていた母ドリスは、たいていチャネルをBBCに合わせ北部のダンス楽団からバラエティー番組に登場する演奏家にいたるまで、気にいった演奏家をつねにチェックしていたといいます。
そして誰の演奏が秀でているかとか、それは他の誰よりも巧みだということをいつもキースに語って聴かせるような母だったのです。
母ドリスのその姿勢を「音楽に対する捜査能力」とキース自身語っているほどです。そんな母の音楽的感性が少年キースに影響しないわけがありません。
「俺は音楽を吸い上げるスポンジみたいなもんだ。音楽を奏でる人間を見ることに魅せられていたんだな。路上に演奏者がいると、そこに引き寄せられた。パブのピアニストでもなんでもだ。耳が一つ一つの音を拾っていた。調子っぱずれでもかまわない。そこに展開している音があり、リズムとハーモニーがあり、それが耳のまわりで拡大される。ドラッグに似た感じだ。いや、ヘロインよりもはるかに強力な麻薬だった。その証拠に麻薬は絶つことができたが、音楽は断つことができなかったからな。ひとつの音が別の音につながっていく。次に何が来るかわからない。綱渡りのロープの上の美しい景色のなかを歩くような感じだった」(キース・リチャーズ自伝『ライフ』p.64-65)
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