伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

極度なおばあちゃん子だった訳。貧乏長屋のみじめな空気。屈辱に満ちた少年時代。小学6年から新聞配達とアルバイト人生。中2で出会ったエレキサウンド。ところが高校1年の時の将来の「夢」は板金屋だった。なぜ板金屋だったのか。


成りあがり How to be BIG—矢沢永吉激論集 (角川文庫)

「音楽に出会って、スーパースターになると決めてからは、苦労が苦労じゃなくなった。土方やっても、フィルム運びやっても、つらくない。『そうだ。こういうふうに苦しいんだよな、最初のうちは。こういうことがあって、いろいろやって、最後にスーパースターになるんだよ」と自分に言いきかせていた。映画だ。自分の人生を映画で観てるみたいなものだ。もともと、オレにはそういう自己陶酔する才能みたいなものがあった。どう転んでも、いま現在より悪くなりっこない。そう思えば明るいものよ」(『矢沢永吉激論集 成りあがり- How to be BIG』小学館 昭和53年刊/新装版 角川書店 昭和55年刊)

矢沢永吉の有名な自著伝『成りあがり』である。昔から古書店にいけば必ずどの店でも見かけた。懐かしき昭和50年代、100万部を超える大ベストセラーになったからである(矢沢29歳)。自著伝『成りあがり』は、インタビューが纏(まと)められた本である。ホテルの一室で、時に道を歩きながら楽屋の片隅などで。矢沢にインタビューをし見事に矢沢の生の声を纏め仕立てあげたのは、当時コピーライターで売れだしていた糸井重里だった(糸井自身の出世作とも言われている。糸井は矢沢より一歳年上で当時30歳。糸井自身、幼い頃両親が離婚、祖母に育てられた状況は矢沢に酷似していた。糸井も後に母に会うことになる)
さて矢沢永吉である。矢沢永吉の生地は広島。しかし矢沢は本書で「矢沢は、関東から出発した。矢沢永吉男一代。初代はオレなんだ。息子たちが二代目だ」と語る。どういうことか。矢沢が生まれたのは昭和24年、広島へ原爆投下され焼け野原になって僅か4年後のこと。極度のおばあちゃん子だった矢沢の幼少期の素朴な疑問は、「どうして両親がいないんだろう」というおもいだった。じつは父は永吉が小学2年の時、おそらくは原爆の後遺症から身体をこわし亡くなっていたのだ(永吉の記憶の中にあるのは酒を飲み荒れていた父の姿が)。母はといえば永吉が3歳の時に家から蒸発してしまっていた(20年ぶりに後に再会。父には前妻と子供が2人がいたがその3人とも原爆で死去)。そのため小学2年の時から高校を出るまでお婆ちゃんに育てられたのだった(一学期ごとに親戚にたらい回しされた時期もあったが)
「成りあがり」という言葉の底には「貧乏」がある。まさに矢沢永吉は貧乏のまっただなかで育っていました。小学校時代いつも空腹で、遠足の時の持ち物も月謝の時も他の子供といつも何かが違っていたのは「貧乏」だからだと、小学校4、5年になって気づいたという。お金がかかるスポーツのことは当時まったくの無知、グローブも買えなかったので野球のことはルールも知らず、海水パンツも買えず川原で泳ぐのが唯一の遊び。口癖だったという「おばあちゃん、おもしろくない」とは、「貧乏」であることに対する物言いだった。
アー・ユー・ハッピー? (角川文庫)

「長屋の空気がオレをみじめにさせてた」と語った後、それまでの文章の流れが変わる場面がある。それはおばあちゃんから何度も聞かされるようになったある事実でした。矢沢家はもともと「貧乏」だったのではなかったんだと。えっ?(あれっと思われた方、ちゃんと読むとそう書いてあります)。それどころか原爆が落ちるまでは、矢沢家には大きな家があり、丁稚(でっち)を7、8人も雇うほどの大きな自転車屋を営んでいたと。確かに父が亡くなる前、子供用の自転車を買い与えられたことが近所中で噂になり、皆が乗せてくれとせがみに来ていた記憶が少年矢沢にあったという。子供の頃の「親父の代では負けたけど、オレの代では勝ってやる」という言葉の「…の代」という言葉に、少年矢沢の少し複雑な思いが映し出されているように感じるのはそのせいか(原爆を落とされ負けた世代の意もあったかも知れない。東京に上った時、横浜で途中下車し、その足で向ったのは米軍のベースがある横須賀だった。最初に組んだバンド名は「ザ・ベース」だった。無論ビートルズなど洋楽からの影響があったためでもあり外国は憧憬に成り代わっていた面もあるが)
かつて自著伝を読んだ矢沢ファンが記憶しているのも、最終の夜汽車に乗って広島を後にして18時間かけて上京。横浜でなぜか途中下車。そして横浜・横須賀で定職屋やちり紙交換、アイスクリーム屋でバイトをしながら、バンド「ザ・ベース」、ついで「ヤマト」を結成し、「成りあがっていく」矢沢永吉の姿。スーパースターへの「パスポート」を得ることになる伝説のスーパーバンド「キャロル」のこと……。
ところが自著伝『成りあがり』があらためて興味深く読めるのは、少年矢沢の「成りあがり」を成さしめた幾つもの「要素=ファクター」とその重なり具合、そして少年矢沢の気質や本性の”根っ子(それが根性にもなる)”の部分ではなかろうか。簡単に言えば、”スーパースター”という「結果」があれば、その「原因」、「起因」は何だったのかということだが、同著を読めばそんな簡単に「原因」や「起因」と「結果」が一直線に結ばれているわけでないことはたちどころに気づくことになる。後に矢沢が語るように「ブレ」なくなるのは、「スーパースター矢沢永吉」を実現させるために関東に来てからのこと。
STEPPIN’OUT!〈volume 0〉挑戦し続ける男たちへ—矢沢永吉
STEPPIN’OUT!〈volume 0〉挑戦し続ける男たちへ—矢沢永吉

高校1年生の時、すでに「音楽」と出会っていた少年矢沢。「音楽」にかなりのめり込んでいたにもかかわらず、当時の少年矢沢の将来の夢は「スーパースター」でも「ミュージシャン」でもなく、「板金屋」だった。えっ? まじ?(これも『成りあがり』をちゃんと読むとそう書いてある)。「スーパースター矢沢永吉」という「夢」に向って一直線に突き進んでいったようにみえる、またそう映る矢沢永吉にしても、最初っから「夢」が”北極星”のように一点に定まっているわけではなかった、これが重要。「夢」はある時、突然に遥か遠くで輝く星(スター)のようにあらわれはするが、それは内面の”照り返し”として生じる心的現象でもある。その時に憧れとして存在するのが「モデル」。矢沢永吉の場合、それは「ビートルズ」だった。
少年矢沢が「音楽」と出会ったのは中学2年の時。ラジオから流れるヒット・ポップ。当時いちばん好きだった曲は『太陽はひとりぼっち』、その後にベンチャーズビートルズを知ることになる。そしてエレキブームが日本にも到来。エレキのサウンドが少年矢沢をたちまち虜に。この時、少年矢沢が同じくエレキの音色に熱くなっていた他の少年たちとかなり異なっていたことがあったという。それは「異常」なほどの”関心”であり”好奇心”だったらしい。学校さぼってエレキ・コンテストを見に行くの当たり前、テレビのある友達の家にくりだしたりエレキを買ったクラスメートの家に入り浸り。それほど熱を入れれば、早々と「音楽」をめざそうということになってもよさそうだが、そうではなかった。その数年後、高校1年生の時の「夢」がその「板金屋」だったわけだ(私の記憶でも中学時代に相当に熱中するものがあったとしてもそれがそのまま将来成りたいものというわけではなさそうだ。多くの例外はあるが中学時代では将来の夢はうすぼんやりしていてまだかたちをとらないのだ)


「音楽」に目覚めだした少年矢沢の将来の夢がなぜ「板金屋」だったのか?(板金屋に就職し、3万円ずつ貯金し10年貯めて板金屋の店をもって親分になろとうと、かなり具体的だった)。それは少年矢沢を屈辱の底に落とし入れた近所の少年の家が金持ちの鉄工所だったことと密かにつながっているのではないか(『成りあがり』にはクリスマスイブにおこったある出来事が屈辱で相当にショックだったことがこと細かに記されている……)。高校1年生の時、少年矢沢はすでにちょっとした社会経験を経ていた。新聞配達は小学校六年生くらいから始めていて、牛乳配達やフィルム運び、土方、三菱の船のシリンダー磨き、工場の屋根のガラス磨き(この時、滑って死にそうになっている)といったアルバイトも経験していた。それでも高1の時の夢は「板金屋」だった。「板金屋」なら金持ちになれるというイメージが強くはたらいていた、その可能性が高い。「貧乏」から抜け出す。屈辱をはらしてやると。ビックになる……それがある時、「音楽」の方へ、「スーパースター」に切り替った。何があったのか。高校時代、矢沢はさらに「音楽」にのめり込んでいったが。
その時、矢沢はある年配の人物と出会い、そのひとからある「本」を贈られた。そして矢沢はその「本」に熱中し、繰り返し10回以上読んだのだ。そんなことは初めてだった。その「本」とは何だったのか……。 ▶(2)に続く
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矢沢永吉 FACE
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