伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

 「ファストフード」のモデルをつくった創業者マクドナルド兄弟は巨大なチェーン展開をのぞんでいなかった。マルチミキサーを売る52歳の中年セールスマンが、チップもいらずスピーディーでシステマティック「マック」に出会い感激した理由。読書が嫌いで行動好きだった男は、幼少期から「家事」好き、清潔・整理整頓好きだった


成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝—世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)
成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝—世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)


今回はハンバーガー・チェーンの「マクドナルド」に焦点をあててみますが、対象の人物は誰もが知っている創業者で店名・企業名になっているマクドナルド(1902年生まれのモーリス・マクドナルドと1909年生まれのリチャード・マクドナルド兄弟)ではなく、マクドナルド兄弟のハンバーガーを私たちが今日知っている世界的ハンバーガー・チェーン「マック」へと<イノベーション>さていったレイ・クロック(Ray Kroc)という人物を取りあげます。レイ・クロックという名前は一般的には馴染みのない名前ですが、ハンバーガーやフランチャイズ・チェーン業界で知らぬ者はいない存在です。レイ・クロックの自伝『成功はゴミ箱の中にー世界一、億万長者を生んだ男』(プレジデント社)の巻末にソフトバンク孫正義氏とファーストリテイリング柳井正氏の特別対談が掲載されているように、日本マクドナルドの創業者・藤田田氏ともどもレイ・クロックはハンバーガーやフード産業だけにとどまらない影響と刺激を与える存在になっています。
コカ・コーラなどと同様、世界中でグローバリゼーションの権化となっている様な側面はここでは取りあげません。その代わりに「マクドナルド」がなぜに今日の「マック」になっていったのか、そのターニングポイントを引き起こした人物レイ・クロックを、彼の生涯をまず知ってみよう、というところからはじめたいとおもいます。どんな大企業でも、それを生み出し、成長さたのは”人間”だからです。レイ・クロックの「マインド・ツリー(心の樹)」を覗き込んだ時、わたしたちの「マクドナルド」観は奇妙に揺さぶられるとおもいます。
Grinding It Out: The Making of McDonald's
Grinding It Out: The Making of McDonald's

じつはスターバックス・コーヒーのターニングポイントを引き起こしたハワード・シュルツと同様、「マクドナルド」のそれを引き起こしたレイ・クロックも、その業界のインサイドの人物でなく<アウトサイダー>でした。レイ・クロックは当時、(ドリンクのソーダ・ファウンテン用)「マルチミキサー」の販売代理店の総代理人(秘書と2人だけの代理店だった)。しかも年齢はすでに52歳。高い営業能力を活かしてマルチミキサーのさらなる売り上げを目指していた時でした。レイ・クロックと「マクドナルド」のハンバーガーの出会いは、次回の(レイ・クロック その2)で少し紹介しますが、興味深いのはどうしてレイ・クロックが「マクドナルド」に魅了されたかということです。他店にはない安く買え絞り込んだメニュー、チップのいらない最小限のサービス、スピーディで効率的な仕事ぶり(流れ作業のような)と見事な品質管理、テイクアウト中心の新しい経営方式、システマティックな運営がまずあげられます。これこそ「ファストフード」のモデルとなったものです(1948年にマクドナルド兄弟はそれまでの店を閉め、テイクアウト中心の新たなモデルで出店)

レイ・クロックが売り込もうとしていた「マルチミキサー」は(その前に長年扱っていたペーパーカップさえも)、まさにチェーン展開された高回転の「ファストフード」にこそ最もニーズがあるものだったのです。レイ・クロックがマクドナルドに参画する以前にすでに「ファストフード」店はマクドナルド兄弟の手によってこの世に存在していました(この新たな経営方式は、その頃から次々にオープンするファストフード店のモデルに)
そして数多くのレストランやドライブインスタイルの飲食店にマルチミキサーを卸してきたレイは、このマクドナルドにだけ急速に心を奪われていきます。それは斬新な経営方式に加え、レイの心の裡をぎゅっと鷲掴みにするものがあったためでした。それは「清潔な店内」とムダの無い「厨房環境」だったのです。なぜそれがレイに強烈にアピールしたのか。それはレイの少年時代にヒントが隠されています。
マクドナルド化する社会
マクドナルド化する社会

レイの父ルイス・クロックは中学を中退しウェスタン・ユニオンに12歳から勤めていました。そんな父の子供たちへの願いは、しっかり勉強して大学へ進んでくれることでしたが、困ったことに長男のレイは勉強嫌い(5歳下の弟と8歳下の妹が父の期待に沿って勉強に邁進。弟は大学教授となり医療研究の道へ)。勉強する前に、そもそもじっとしていなくてはならない「読書」が大の苦手だったのです。けれども「読書」でなければ、少年レイはものの見事に集中してみせるのです。たとえば大リーグのシカゴ・カブスにまつわることへの「熱中」でした。7歳の時、父がレイを大リーグの試合に連れ出すようになってから、レイの熱中がはじまります(父は地元シカゴ・カブスの父ファン。父はカブスのトップ選手と同じロッジー共済組合の支部ーに所属し知古の間柄だったこともあり、特上の情報がレイに伝えられた)。活発に動き回ることが好きだったレイの野球やチームに対する知識はとび抜けていたようです(選手の足のサイズまで暗記していたという)
少年少女の小さな頃に、何かへ「熱中」した記憶が無いひとはおそらく大人になっても、仕事や趣味に「熱中」を示さないはずです。一時的だった熱中は、長じてからも恐らく一時的なままのはずです。また学校の「勉強」に熱中できなければ、それはそれでよしとすべきでしょう。肝要なのは、何かへの「熱中」なのです。少年少女時代に熱中したものが、青年期、大人になってもそれと同じものに熱中するかはまったくケース・バイ・ケースでしょう。レイの場合も、少年・青年期にはおよそ予想しえなかったものへの「熱中」が大人になってはじまっています。しかし少年期の熱中は、幾つもの”地下球”となってエネルギーや知識、コツや方法が無意識の裡に蓄積されていくのです。「熱中」の対象は、必ず家庭環境か親族、近い友人や先生、近隣の人たちがやっているのを直接見たり聞こえてきたりするものからやってきます。
じつはレイは野球と出会う前にも熱中する対象があり、それは「ピアノ」でした。母がピアノ教師でピアノを習うのがレイの日課になっていたのです(家ではピアノがつねに鳴っていた。父はコーラス隊の一員でメンバーを家に招き、母のピアノに合わせよく練習していた)。レイのピアノの腕はぐんぐん上がり評判になり教会聖歌隊の指揮者が練習に参加してほしいと頼み込んでくるほどになります。ところが野球に熱中しだし活発的な気性がおもてにではじめると、聖歌の単調なコードが息苦しくなりピアノの練習も苦痛に感じられるようになっていきます。それでも百貨店の中で演奏するピアノ奏者を見た時の憧れが一方で続き、少年の頃はピアノで生計を立てることが将来の夢だったといいます。
レイ少年の例からも、少年少女の「夢」をかたくなにもち続ける必要性はないことがわかります。むしろ自身の幾つもの”根っ子”から成長していったものを、時代環境の変化を受けながら柔軟な感性で「夢の編集」をこそしていくべきではないでしょうか。「単一の夢」の時代は、高度成長期の名残りで、同じ仕事が生涯つづき、定年退職後のことも勘定に入れない時代の産物といってもいいものです。レイがマクドナルドのショップと出会って衝撃を受けたのは52歳の時、その直後に「夢の編集」に入っていっています。
Ray Kroc (Lives and Times)

さて私たちは知っているように、レイはその後「野球」も「ピアノ」も自身の将来の中心に置くことはありませんでした(それらはレイの”根”の一部として、趣味としてずっと近くにあり続ける)。じつは当時あまりに日常的なことのうちに、レイ少年がかなり「得意」としていたことがあったのです。それは「家事」でした。家計を助けるため家でピアノ教室を開いた母は、家の中をつねに清潔で、整理整頓しておいたので、レイに手伝わせていたのです。じつは「清潔」さと「整理整頓」が、後にマクドナルド兄弟のハンバーガー店と出会った時に、レイを共鳴させることになる一つの大きなファクターになるのです。ふつうならば、子供にとって家の掃除や整理整頓を手伝わされることなど嫌でたまらなくなるのでしょうが、レイは「他の誰よりも綺麗に床掃除ができることや、ベッドを綺麗に整えられることを誇りに思ったくらいだ」と語っています。
なぜ少年レイがそう思えることができたのか。それはレイのなかを流れるボヘミアの血だったというのです。というのも母よりも祖母のキッチンは異常なほど綺麗で(床を新聞紙で覆い熱い湯と石鹸で磨いた)、それはボヘミアの古き正しいやり方によるものだったことをレイ少年は祖母から教えられ知っていたからでした。そして気がつけば、レイは掃除や整理整頓といった「家事」が嫌いでなくなっていたのです。
レイ・クロックの「家事」好きが、そのまま「マクドナルド」につながっていくわけではありませんが、レイの裡で極めて重要なエレメントで、レイが社会に出て「営業」で扱ったものは、長年扱った「ペーパーカップ」も含め、広い意味で「家事」にまつわるものだったのです。そしてそれがマクドナルド兄弟の興したハンバーガー店との出会いをもたらすることになり、ある種の深い「感動」をレイに与えることになるのです。
▶(2)に続く

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