伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

内気で無口だった少年時代。小学校5年生の時に、日本へ「留学」を命じられる。留学時代は差別から逃れるように「映画館」へ。兄たちを真似、玩具を「分解」して「仕組み」をするのが習慣に。世界中の一流「カメラ」や「自動車」を分解して仕組みを知るのが趣味に。

サムスン経営を築いた男—李健〓(イゴンヒ)伝
サムスン経営を築いた男—李健〓(イゴンヒ)伝

韓国のGDPのなんと20パーセント弱をも占めるサムスングループ三星財閥)の一代前のリーダーで(2008年に辞任。特赦を受け2010年サムスン電子会長に復帰)、韓国の「ロックフェラー」とも呼称されることもありながら、21世紀初頭時、韓国で最も尊敬される人物にして、つねに憧れの人のトップであった企業家・李健熙(イ・ゴンヒ)の伝記を取りあげます。サムスングループは、現代やLGなど他の財閥から完全に抜きん出て世界に打って出て以降、今や韓国発の「世界企業」と認識され、凋落する日本の多くの家電メーカーをも抜き去ってしまったという認識がなされています。かつては二流の技術力しかなく秋葉原でも安価なだけとされていたサムスン・プロダクツは今やすっかり様変わり。ブランド価値もここ10年で一気に上がり、世界レベルでは日本の多くの家電メーカーを圧倒するまでに。激変の理由はどこにあるのか。それは創業者の父の後を継いだ李健熙本人の強烈なリーダーシップと経営センス(「新経営宣言」- 90年代末の韓国の通貨危機時、「サムスンは倒産の危機に瀕している」と認識、宣言された。1993年には「妻と子以外はすべて変えよう」をスローガンに)にあることが、徹底した取材・調査のうえ書かれたこの伝記からもうかびあがります。

「李健熙を早稲田大学へ行かせた張本人は父の李秉�(イ・ビョンチョル)である。李秉�も早稲田大学商学部の出身であり、末っ子の李健熙をぜひとも母校に入学させたがった。1961年のことである。ふたたび李秉�は李健熙に『先進国を学べ』と言った。すでに李健熙は延世大学に合格し学費まで払っていて教科書も買いそろえていた。……いまでも李健熙はサムスングループの中で、もっとも日本語が上手だ。また、早稲田大学には歴史を尊重する学風があり、李健熙も日本史をよく勉強した(とくに徳川家康のことには知悉している)。もともと読書好きなうえに日本史にも興味を持っていたので、ドキュメンタリーを何十回も観たり、本を読みあさって日本史から多くの教訓を得たという。口数が少なく、人の話を傾聴する彼の態度は、家風の影響や本人の性格も影響しているが、日本での教育も影響しているだろう。……早稲田大学留学時代、李健熙はスポーツと映画に熱中した。ゴルフ部に所属しエチケットとマナーにさらに磨きがかかった。すでに小学校五年生のころからプロにレッスンを受けていたのでゴルフの基本はわかっていたのだが、早稲田大学に入ってからやっと、かつて父が『世の中の理(ことわり)を教える』と言ってゴルフをすすめたわけを知ることになる。
……一方で、『一流』になるとはどういうことなのかについて、大変関心を持った。彼はさまざまな世界で一流といわれるような人たちと出会いながら、トップを極めた人物には何か人とは異なる点があるにちがいないと考えた。李健熙が一流を観察しながら出した結論は、一流といわれる人物は、自分自身や仕事に対して徹底的であり、人間味に溢れているというものだった。また、一流は、罰する時も褒めるときも容赦がないことも発見した」(『サムスン経営を築いた男ー李健熙伝』p.50~53 洪夏祥著 宮本尚寛訳 日本経済新聞社 2003年)


少し長めの引用となりましたが、本書は李健熙(イ・ゴンヒ)を決して持ち上げる類の伝記ではなく(グループの欠点やマイナス面も調査)、突っ込んだ調査と取材に裏打ちされたものだけにかなり読み応えがあります。また李健熙の生涯を通じて、韓国財閥のことから産業交流を通した日韓関係、韓国人(企業人)にとっての「日本」という存在や関係にも光が当てられています。サムスングループの礎を築いたのは先代だとしてもサムスングループを韓国のリーディンググループにしたのは間違いなく李健熙第二創業とも)。とにかく辞任し体調も衰える前まではそら恐ろしい企業人、「変化の人」です。孫正義の行動力とキャラクターも驚くべきものがありますが、一線でリーダーシップをとっていた李健熙の前では愛するべき青年に見えてしまうほどなのです。とにかく一度、ひも解いてみて下さい。経済誌を30冊読むより、『サムスン経営を築いた男ー李健熙伝』1冊を読んだ方が間違いなくズドンときます。なぜ彼はサムスン電子本社ビルに行かず自宅で何時間も食事も摂らずにじっと考え込むのか(ときに2日間眠らずに)といったことから、韓国の企業文化の変化がなぜサムスンから始まったのかとうことまで。サムスングループの秘密と強みは、李家の人々と李健熙の知られざる生涯の体験の積み重ねからきたものだということが分かります。

李健煕(イ・ゴンヒ) ──サムスンの孤独な帝王

「李健熙は、サムスン文化を根本から変えるために、大手術を行なった。その一つが「七・四制」だった。出社時間を午前七と気、退社時間を午後四時に変更したのである(午前九時出社で午後五時退社の「九・五制」という勤務システムを世界で初めて導入したのはドイツのボッシュだった)。…その後、約90年にわたって「九・五制」は全世界の固定ルールとなっている。そのルールを破ったのが李健熙である。サムスンの「七・四制」導入は、韓国はもちろん、世界的にも前例のない試みであり、画期的な発想の転換だったのだ。
 ……それまで韓国の一般的なサラリーマンは、午後六時か七時に退社した後、仲間うちで飲みに行ってから帰宅するのがふつうだった。英語や日本語を学びたくても、実際の退社時間が七時を過ぎているので、勉強に通う時間がなかったのだ。自己啓発をしたくても時間的に不可能だったのである。……李健熙は、午後四時退社なら語学を学んだり、趣味に打ち込んだりできるが、午後五時退社の場合は、それが不可能になると考えたのだ。……「七・四制」がサムスンに導入されてしばらくたつと、当初は否定的だったほかの企業もまねをするようになった。起亜グループ、暁星グループ、韓一グループ、大宇、朝興銀行、大韓教育保険、興國生命なども勤務時間を変えた。このように「七・四制」の導入は、韓国の企業文化に新たな風を送りこんだのだ」(『サムスン経営を築いた男ー李健熙伝』p.159~161 洪夏祥著)

少しばかり李健熙の少年期をみてみましょう。李健熙は1942年1月9日に大邱(テグ)に7人目の子供として生まれています。1961年の朴正熙(パク・ジョンヒ)の軍部クーデターの際、不正蓄財者の第一号(つまりは年商一位だった)とされた父・李秉�は、もともと大邱のソムン市場近くで、青果物や干物を取り扱う貿易会社・三星サムスン商会を経営(父の兄たちの日本留学にならい、父も1934年に早稲田大学へ留学。病気で中退後、26歳の時に友人と出資し協同精米事業を興すが失敗。その2年後に三星公司を設立、これがサムスンの源流であり起こり)。李家は曾祖母の代からの倹約家で、使用人も含め4部屋に15人が暮らしていたため、李健熙が幼少の頃は父の実家に預けられ育っています。三星商会を興した父は事業拡大を企てソウルで三星物産公司を設立(1948年)。食べ物のうち最も需要が高いと判断した「砂糖」と、社会的に不足していた「衣類」を扱いだします。ところが2年後朝鮮戦争が勃発するとソウルから逃れ、転々と移り住みながら釜山へ。朝鮮戦争時には「資本家」として内務省に呼び出されたり商売は不安定でした。釜山では引き続き「砂糖」と肥料の輸入業と古鉄回収業をはじめます(1953年、第一製糖設立。1954年、第一毛織設立)。そのため1942年生まれの李健熙は、小学校を5回も引っ越さなくてはなりませんでした。
疑人用いず、用人疑わず サムスン創業者・イ・ビョンチョル伝
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少年時代、李健熙はソニーの創業者・井深大の様に、玩具を「分解」したり井深大のお目当ては目覚まし時計)、「仕組み」に興味を覚えます。その習性は兄たちのそれを真似たものでした(最初は玩具で遊ぶが、そのうちに分解しはじめ、また組み立てだしたという。兄の一人は世界中の一流AVシステムを蒐集し、分解し性能のよさの謎を解明するのが唯一の楽しみだった)。その関心は青年になってからも継続され、「カメラ」やVTR、さらには自動車までを分解し組み立てて遊ぶようになっていきます。韓国で最も多くの電子製品を購入し、分解した人物とされるほどです。1980年代初頭にサムスン精密を設立、「カメラ事業」に乗り出したのもそうした少年期の背景があったからでした。
李健熙少年は人一倍内気で、無口な子供でしたが、じつは後に<韓国の経営の神>とも言われるまでになる父その人も、人前に出ることが苦手で、はにかみ屋、黙々と考えてようやく実行する気質の持ち主だったといわれています(李健熙も人前だけでなく経済界の会合、株主総会にも滅多に姿を現すことなく、記者会見やインタビューにも登場することなく、飲み屋に行くのも年に二、三回だけ。酒もほとんど飲むこともなく後に禁煙。ラーメンと寿司が大好きで、おやつはメロンパンやあんパン、クリームパン。どれも日本留学中の習慣だった。最近はさすがに幾らか変わり伝統の韓国料理へ回帰)
そんな大人しい李健熙少年が、小学校5年生(釜山師範付属小学校)の時、日本「留学」を体験するのです。父は自分に似て内気な息子を「先進国を見て学んで来い」と言って東京の小学校に送りだしたのです(その時、一番上の兄が東京大学農学部、次男が学習院を経て早稲田大学へ通っていたが年があまりにかけ離れていた)。李健熙少年は兄についていた日本人の家政婦の許から小学校に通いだしますが、最初の1年は日本語ができるわけもなく、韓国人に対する激しい差別を受け、友達もできず内気な性格に拍車がかかります。中学一年の時に、犬を飼いだし唯一の友に(後に李健熙はエバーランドに盲導犬やレスキュー犬、警察犬などを飼育する犬学校を設立。世界盲導犬学校連合会から功労賞を受賞している。とにかく「研究」好きで犬の飼育も徹底的に研究しなくてはすまない性格で他人の書いたものを鵜呑みにせず、ゴルフや日本史、機械に対する研究もそれが独自の「哲学的境地」にまで達するほどだという)
犬の他に、李健熙少年が熱中したのは「映画」と「ゴルフ」。ゴルフは単なる趣味ではなく、「ゴルフは世の中の理(ことわり)を教える」という父の考えから日本の一流ゴルファーのレッスンを受けさせています。とりわけ「映画」は差別を受けず孤独な時間を過ごすには最適な場所ともなり、3年間の日本留学の間になんと1200〜1300本の映画を観ています(日曜は弁当持ちで朝から夜まで少なくとも4本以上、水曜や土曜にも必ず2本。差別され続けた自分の立場から主人公以外の視線など多元的なものの見方を身につけたという)。またドキュメンタリー映画への関心はすさまじく、ほとんどのものを観ていて部屋には1万本ものビデオテープが積まれていたといいます(映画趣味は大人になっても続き、後に李健熙はスティーブン・スピルバーグと合同で映画製作をしている)。本書には李健熙のルーツや「心根」に迫るだけでなく、瀕死の財閥が韓国の伝統企業文化を捨て去り、「世界企業」へ変換するために打ち出された秘策やリーダーシップ、また基本技術力の不足や課題ついても語られています。
サムスン高速成長の軌跡—李健煕10年改革


以下、サムスングループの主な企業です。液晶パネルで世界市場1位のサムスン電子サムスン電機、サムスン物産、サムスン重工業、サムスン・エンジニアリング、60パーセントの利益率を誇るサムスンコーニング精密素材、ルノー-サムスン自動車、サムスン・モバイル・ディスプレイにサムスンLED、カメラや光学機器を製造するサムソン・デジタルイマージング、軍事関連のサムスンテックウィン、情報通信のサムスン・ネットワークスにサムスンモバイラーズ、韓国でトップのサムスン生命にサムソン証券、サムソン経済研究所、サムスン・カード、トータルファッション産業の第一毛織、韓国最大手のセキュリティ企業のエスワン(日本のセコムの合弁会社、迎賓館を備えVIP御用達のソウル新羅ホテルと済州新羅ホテル、サムスンベンチャー投資、野球のサムソン・ライオンズやサッカーの水原三星ブルーウィングス、バスケットのソウル三星、韓国最大の入場者数を誇るテーマパーク「サムスンエバーランド」、サムソン美術館に文化や福祉財団、サムソン医療院、メディアの「中央日報」などなど。サムスン・グループの市場価値は、GDPのそれとほぼ比例し上場企業全体の約2割を有し、結果サムスングループの浮沈が韓国の浮沈を左右するまでになってしまった。日本にいると実感が掴みずらいこのあまりの巨大さ、一人勝ち状態に、韓国人は愛憎半ばの思いらしい。

2010年にサムスン電子の会長職に復帰した際にも李健熙自身「まだ日本企業から学ぶべきことがある」と語っています。翌年には、大企業ばかりが儲けていると、元ソウル大総長から出された「超過利益共有制=Profit Sharing」に対して、そんな経済用語は聞いたこともないと反論。傘下の企業で発覚しら経営の不正行為に激怒、李健熙が再びリーダーシップを握りはじめました。


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