伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

「聴く」から「歌う」への変化の時代。1970年代初期、時をおなじくし複数の人たちが”発明”していた「カラオケ」。楽器の教則本を売るバンドマンだった男がなぜ「カラオケ」をビジネス化することができたのか。アイデアマンだった父と商売熱心な母から少年期に体得していた商売センス


カラオケを発明した男
カラオケを発明した男

誰もが手軽に歌え楽しめる「カラオケ」を”発明”し(ビジネス化)、1999年8月23日号の「タイム」誌で、「20世紀で最も影響力のあったアジアの20人」(日本人は、他に昭和天皇、豊田英二、黒澤明盛田昭夫三宅一生。他国では、ガンジータゴール孫文ダライ・ラマ14世に蠟小平、毛沢東ら)に選ばれてしまった井上大佑(だいすけ)。いまでこそカラオケは、日本にみならず東アジアを中心に世界各地で当たり前の様になっていますが、1970年代までは社交場カラオケがほとんどで、カラオケテープの曲に合わせて歌詞カードを見ながら歌うのが普通。「映像カラオケ」と一発選曲の「オートチェンジャー」、そして「カラオケボックス」がお目見えしたのは、1980年代に入ってのことでした。それ以降、時代の先端技術・ニューメディアと融合し、通信カラオケへ。様々な家電・音楽業界の大手、カラオケ専業メーカーがしのぎを削って技術やアイデア競争が繰り広げられました。
どうも「カラオケ」の”発明”そのものは、写真や映画の”発明”と同様に、時をかなり同じくして複数の人たちが”発明”していました。全国カラオケ事業者協会の歴史年表をみても、すでに軽音楽のBGM再生機として使われていたコインボックス内蔵の8トラック式小型ジュークボックスに「マイク端子」が付けられたものが存在していました。そのカラオケのルーツともいえる「マイク端子」付きジュークボックスに根岸重一氏(日電工業)らが軽音楽テープを使って歌唱するサービスが提案開発されていました。「聴く」ことから「歌う」ことへの変化でした。

「軽音楽テープが「聴くこと」を目的としているとすれば、カラオケテープは「歌うこと」を目的に作られたものでした。厳密に言えば、プロ歌手ではなく、素人に歌いやすくアレンジされていなければならないわけです。仮にこうした定義に基づくと、国民皆唱運動を展開した山下年春氏(太洋レコード創業者)が'70年に発売した伴奏テープ(8トラック式)は、初のカラオケソフトと言えます。
その翌年、井上大佑氏(クレセント創業者)がスプリングエコー、コインタイマー内蔵のマイク端子付き8トラックプレーヤーを手作りで製作。弾き語りで録音した伴奏テープ10巻(40曲)をセットして店舗へレンタルで提供しています。店舗での使用料金は1曲5分間100円でしたが、神戸市(兵庫県)の酔客の人気を博し評判になります。カラオケが業務用として誕生し、普及していったことを考えれば、カラオケ事業の始まりは'71年だと言える」(全国カラオケ事業者協会 - 歴史年表解説より)
ここで重要なのは井上大佑(だいすけ)が、「弾き語りで録音した伴奏テープ10巻(40曲)をセットして、店舗へレンタル提供」したことでした。その頃、井上はバンドマンをしていますが、同時にバンドの先輩たちがつくった楽器の教則本を売り歩く日々を送っています。そんな井上がカラオケをどうして手掛けるようになったのか。ダンスホールやキャバレーで演奏するバンドマンは神戸だけでなく、日本全国に何千人といたなか、どうして井上大佑が「カラオケ」を”発明”、ビジネス化するようになったのか。その秘密は、井上大佑という人物のなかにあったのです。
カラオケ秘史―創意工夫の世界革命 (新潮新書)
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井上大佑(だいすけ:本名 祐輔)は、昭和15年5月10日、大阪市西淀区に生まれています。カラオケの発祥、ビジネス化は関西から火がついたといわれるように、井上家もまた関西にあり、大佑少年は関西で育っています。「カラオケ」草創期、井上大佑がバンドマンとして活動していた時、神戸ならではの”あること”が、井上の”アイデア”、”イマジネーション”を刺激したといいます。”あること”とは何だったのか。
またアイデアマンだったといわれる井上大佑ですが、じつはそのルーツは幼少期にこそあり、さらには父と母もまた「アイデアマン」でした。幼少期から父母の”薫陶”を受け、刺激を受けつづけていたからこそ、「カラオケ」は「ビジネス」になると直感し、たゆまず創意工夫し続けることができたのです。まずは戦前、大阪西淀区の十三駅近くにあった井上家の様子からみてみましょう。
大佑の父・井上栄一(故郷は奈良県生駒)は、ビリヤード場に麻雀屋、レストランを経営しています。戦時下の出征時には、兵士の家族写真を撮るために写真屋も開き(最後の写真となるかも知れずお金を惜しまず家族写真を残す家庭が多くあった)、さらには融資先だった鉄工所の社長にもなっています。ビリヤード場に顔を出す海軍将校を通じて鉄工所で駆逐艦用のパイプをつくり海軍におさめ、半軍需工場となったおかげで徴兵されずにすんだとも。
父・栄一の教えがあります。「少ない資本でみな同じ条件で商売をするのだから、そこで成功するためには、同じビジネスであっても『頭を使え』ということ」でした。また祖父・栄太郎は、大阪から東京まで自転車で出掛けるような気丈夫な人物だったといい、屈っせずに物事を成し遂げていくメンタリティは祖父からも継がれていたのでしょうか。3歳の時、屋根の上で飛び回って遊んでいた時に落下、生死を彷徨っています。偶然、雲水が立ち寄り、意識が回復すれば「大佑」という名にするとよいと告げられ、その時依頼「大佑」の名になっています。その時の怪我で小学校2年までは言語障害が残っています。とにかく大佑少年はひどい悪戯ら小僧で、「ゴンタ坊主」と呼ばれていました。
カラオケ上達100の裏ワザ
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敗戦後、十三駅界隈も空襲ですべて焼け出され家も消失。こういう時は、父より母・春子の方が行動的になり、始発電車で神戸までケーキや菓子類を仕入れに行き、西宮で自分の店に菓子を並べて売るのでした。母は旅館の女将の様な存在で家事と子育てしながら一家の中心になって率先して商うのでした。母は「商売好き」だったといいます。一方、父は西宮競輪場に行って、小さな大佑と一緒にモク拾いをして混ぜ合わせてこっそり闇煙草をつくり、西宮球場甲子園球場前につづく路上で露店を開いて売ったりしています。通常はピーナッツや落花生、ラムネを売るのですが、他の露店は絶対にやらない「アイデア」で売上げをのばすのです(たとえば英文週刊誌や英文写真集でピーナッツや落花生を包んで量をかさ上げするだけでなくハイカラに見せて売ったりした。その英文週刊誌を入手するため父は大佑に山の手に住むアメリカ将校の所に行ってタダで雑誌をもらってくるよう指示。彼らは日本の子供たちには優しくするようにと命令を受けていて、子供が行けば読み終わった雑誌や写真集などをいつでもくれたという)。こうした「アイデア」を父はいつも繰り出すのでした。と同時に、どんなつれない客にも頭を下げる父に、息子大佑は「商売」の厳しさを教えられたといいます。
カラオケ進化論~カラオケはなぜ流行り続けるのか~
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そんな父のアイデアマンぶりと母の商売っ気は、たとえば小学生の大佑の遊びのなかにも次の様にあらわれたりしています。大佑の一番の遊びは武庫川での魚釣りナマズ、ウナギからコイ、フナ、どじょうなどがいた)だったのですが、魚を突くヤスを自分でつくるのは当たり前で(拾った八寸のクギを列車の線路に載せ、列車に釘を轢かせてペチャンコにし、今度は自転車屋でグラインダーを使わせてもらって削ってつくる)、次には鋭利なヤスをたくさんつくって仲間たちに売り、さらに獲れたどじょうは3軒の家に売る手はずも整えていました。小学4年の時には、子分の子供たち(10人から15人は常時集まった)に、電線関西電力の工事現場へ行き、電線の切れっ端を集めて来いと命令し、鉄クズ屋のおじさんに売り込むのです。子供ながらに朝鮮戦争特需を受けとっていたわけです。阪急電車の枕木の交換の際にも、太い釘を拾い集め、売ってはお金にかえていました。戦後、関西にも野球少年はたくさんいましたが、大佑は小学低学年の時、ボールが股間に当たった痛さを忘れることができず、ボールを怖がり野球はしなかったようです。運動らしい運動もしなかった大佑でしたが、中学時代は剣道同好会に所属。「音楽」と出会い、のめり込みだしたのは中学卒業後でした。ブラスバンドの花形だった小太鼓(ドラムセットの中のスネアドラムのこと)がどうしてもやりたくて仕方なかったのです。それからどのように「カラオケ」につながるのか。それがなかなか興味深いのです。
▶(2)に続く-未
参考書籍『カラオケを発明した男』大下英治河出書房新社

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一人deカラオケ
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