伝記ステーション   Art Bird Books

あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

フェラガモは、9歳の時、どうして靴職人になりたいとおもったのか? フェラガモの自伝から見えてくるもの

夢の靴職人—フェラガモ自伝

ここ20年、主に洋書を扱う仕事柄、サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)の美しい靴を満載した書籍も何度も扱ってきましたが、ことサルヴァトーレ・フェラガモ本人がどの様に靴職人になったのかはほぼ知らないままでした。フェラガモが単純に靴が好きだった、というのは本書をひもとけば、その言葉には何ら本質的なことが足りないことに気づくはずです。同時に、「マインド・ツリー(心の樹)」的に本書を読み込んでいくと、やはりサルヴァトーレ・フェラガモにも当てはまることがわかるのです。


じつは本書のなかでフェラガモは次の様に語っています。靴屋になるべく生まれてきた私だが、その知識はどこから来たのか? 先祖から受け継いだものではない。後年私は4百年遡って先祖の記録を調べたが、靴屋はいなかった。ささやかな資産家はたくさんいた。詩人もいたし、錬金術師さえいたが、靴屋はただの一人もいなかった…靴にかかわりはじめた頃、妹たちのために作った小さな白い靴でさえ、作り方は全部思い出して作ったのだ。『思い出した』としか言いようがない。ただ座って考える、すると答えが記憶の中から涌き出てくるのだ。私は前世で靴屋だったとしか考えられない。それ以外に説明のしようがないのだ…」

(『夢の靴職人/フェラガモ自伝ーShoemaker of Dreams』文藝春秋 p64)


ところがこれは自身の完全な思い込みからくる語りで、およそ間違いだということが、同書の別の箇所を読めばみえてきます。場所は生家のあるナポリから東へ100キロ程の所にある、多くが貧乏な農民と、わずかばかりの職人や仕立て屋、商人、靴屋がある、世界から孤立してしまった様な小さなボニート村でのことです。
フェラガモ家は家の裏手の菜園で作物をつくり自給自足の生活をし、幾らかの小麦やオリーブ油、ワインを売って家計をたてていたといいます。ワインは売るもので家では飲むことはほぼなく売れ残りを水で割って飲む程度だったといいます。優秀な年長の兄がナポリ大学を卒業しフィレンツェ大学の教壇に立とうという直前に急死、一家は絶望の淵へ。他の兄姉を教育する余裕はなく10代の兄姉たちはイタリアを離れ米国へ移民として旅立っていくしかなかった(移民は12歳から許可された)。
その時、サルヴァトーレは9歳。小学校3年を終え、当時とすれば学校生活を修了し働きに出る年に。サルヴァトーレはどんな仕事ができるのか、したいのか考え、父に靴屋になりたいと申し出たのでした。ところが当時、靴職人は最低の階層で、どんなに貧乏でも靴職人になるよりはましだ、という考えが支配的で大反対されます。


サルヴァトーレ・フェラガモの華麗なる靴



なぜ9歳のサルヴァトーレがあれこれ考え、子供心に結局、靴職人靴屋になりたいと心底思ったのか。そこが肝です。
それは幼児の頃から、フェラガモ家の真向かいに靴の修繕屋(ルイジさんの家)があって、よちよち歩きのサルヴァトーレはそこにいつも入りびたっていたという母の証言が本書に記されています。
当初、サルヴァトーレは両親に強要され、仕立て屋に、床屋に、大工にと弟子入りさせられるのですが、どの職場も長続きせずついに働くことを拒否するようになるのです。


長続きしない仕事とは、きっと自身の「心の樹」やその”根っ子”にほとんど<心当たりがない>といえるかもしれません。皆さんも今の仕事があまりにも窮屈に感じられる場合は、自身の”根っ子”にその仕事の成分が希薄なはずです。きつくてもある程度楽しくやれている人は、その仕事と自らの「心の樹」や”根っ子”と何処かでつながっているはずです。それが心から行動や探究心が沸き上がってくる仕事なのです。


さて、ある日のこと、サルヴァトーレの6歳になる妹が教会で洗礼式を受けることになり、その際に少女は必ず白い靴を履くことになっているのですが、フェラガモ家には新しい白い靴を買う余裕がありません。サルヴァトーレ少年は向かいの靴の修繕屋に行き白い靴用生地や木型、鋲などをルイジおじさんから借りて夜中に妹のために靴をつくりだし……。その白い靴がサルヴァトーレ・フェラガモが人生ではじめて作った靴となり、その熱意とあまりの出来映えに父も了承したのでした。洗礼式の翌日、サルヴァトーレ少年は、家の向かいのルイジおじさんの靴の修繕屋で、本格的に靴作りを学びだしています。
詳細は本書にあたってみて下さい。フェラガモの靴が足にぴったりフィットした秘密、グレタ・ガルボからソフィア・ローレンエヴァ・ガードナーらハリウッド・スターたちがフェラガモの靴を履くようになった理由など、すべての秘密がここに描かれています。
Ferragamo (Universe of Fashion)
Walking Dreams: Salvatore Ferragamo, 1898-1960