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あの「夢」はどこからやって来たのだろう?

ウィリアム・モリス(1):感性の源流は遊び場だった「エピングの森」

「モダン・デザインの父」W.モリスの感性の源流は、幼少期の遊び場だった「エピングの森」にあった。幾何学はクラス最低、歴史が好み。奇妙な手の癖。その森にあった古い小屋(その草木模様の飾り)がのちに手がける部屋の原型に

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ウィリアム・モリスといえば、英国の「アーツ・アンド・クラフト」運動をおこしモダン・デザインの源流もつくりだした比類ない装飾芸術家であり、叙事詩『地上の楽園』をうたった詩人、そして『ユートピア便り』を著した「社会運動家(『資本論』以前のマルクスの著作を学習していたが、権威主義社会主義イデオロギーとは異なる)であり、晩年は書物芸術への関心が深まり15世紀の印刷技術とタイポグラフィーを活用したケルムスコット・プレスを設立した人物としてつとに知られています。1834年生まれなので日本人で言えば、1836年生まれの坂本龍馬とほぼ同年代にあたります。
モリスが愛読したジョン・ラスキン(『建築の七燈』『ヴェニスの石』『近代画家論』の著者。ラスキン社会主義者となった)は1819年生まれ、16歳年上になります。

William Morris

William Morris

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「モダン・デザインの父」とも呼称されるようになるウィリアム・モリスですが、その感性は何によっていたのか、何処から得たものだったのか、またどんな生育環境だったのでしょう。
ウィリアム・モリスを知ることは、「モダン・デザイン」の源流を知ることになり、「モダン・デザイン」の源流をたずねることは、ウィリアム・モリスを知ることになります。

ウィリアム・モリスエセックス(ロンドン東北郊外)ウォルサムストウのクレイヒルにあるエルム・ハウスに生まれています(モリスの2人の姉はシティのロンバード街の事務所の上階にあった自宅で生まれている)。楡(にれ)の大木が傍らに立っていたことから「楡の館」と呼ばれていたようです。

モリス家は、もともとはウェールズ出身で、祖父はその地で生活のあらゆる事柄に卓越する信仰の篤い人物として知られていたそうです。また進取の気性をもっていた祖父はウースター州に出て商いをはじめ、さらにロンドンへと歩をすすめていきます。祖父は息子のウィリアムウィリアム・モリスの父。父と息子は同姓同名)を縁戚関係にあったハリス家が営むハリス手形割引商会に勤めさせます(30歳の時に商会の共同経営者に)。ウィリアム・モリスの父がロンドン・シティで成功した裕福な証券仲買業者になった背景には祖父の存在がありました。
祖父は時代を読む目もありましたが、信仰への篤さも後に孫たちへと継がれていくことになります。

一方ウィリアム・モリスの母は、ウースター州でモリス家と近所付き合いのあった地主で裕福な商人の一族シェルトン家の娘でした。シェルトン家の何人かはウースター大聖堂とウェストミンスター寺院のミサ曲の典礼の式文を詠唱するほどで宗教的音楽的な感受性に秀でていたといいます。

この両親から生まれた子供たちのうち上から4人までもが、富者の国教的ピューリタニズムの環境に抗うようになっていくのですから成功者一家にしろ何が起こるかわかりません。
また祖父の信仰への篤さもくわわったのでしょうか。長女は夫と共に炭鉱夫らとともに働き、次女は生涯独身を通し母とともにローマ・カトリックに改宗。ウィリアム・モリスのすぐ下の妹(三女)は看護婦になり、家からも追放され、夫と死別してからは晩年はロンドン南部のスラム街で奉仕活動に専念しています。この三女とウィリアム・モリスは気質的に似ていて伝道師な情熱を共有していたといわれています。

モリス少年6歳の時に転居した同じくウォルサムストウにあるウッドフォード・ホールの環境が、少年モリスに大きな影響を与えます。
少年モリスの主要な遊び場は「エピングの森」でしたが、20万平方メートルに及ぶ大庭園とエピングの森は柵だけで分けられていただけで地続きだったのです。

住居はパラディオ風の大邸宅、大庭園の倍の農地に囲まれていました(デヴォン州の銅山の株を持っていた父ウィリアムは、株価が急上昇し巨万の富を得ていた)。小さな頃から少年モリスは、エセックス州のあちこちに散在する古い教会を訪ねては、騎士や聖職者の記念碑などを見て回るのが大好きだったといいます。

子供用の甲冑を着てエピングの森を駆け巡ったり、少年時代の経験で少年モリスの記憶に深く永く刻まれることになったのがこの「エピングの森」だったのです(湿地帯をうねって流れるテムズ河を眺望することができた)

ウィリアム・モリス(2)へ続く:

参考書籍:『ウィリアム・モリス伝』(フィリップ・ヘンダースン著 川端康雄他訳 晶文社 1990刊)